空を飛ぶ。

【10月25日追記】

昨日ぐらいから、ようやくクシャミができるようになった。怪我した直後は、クシャミをすると痛みが脳天までつきぬけるため、ひたすら鼻を押さえていたのだった。

【本文】

9月末の金曜日。

いつもどおり徒歩で職場に行ってしばらく仕事をしているうちに、自宅に忘れ物をしてきたことに気付いた。職場にはキャンパス間移動用の自転車がおいてあるので、ちょっと戻って取ってこようかと思ったのが運のつき。

自宅までは自転車で15分ほどなので、あっさり着き、忘れ物をピックアップし、職場にUターン……する途中の自宅近くの下り坂で、なにを考えたのか、左手を離して片手走行をしたところ、ハンドルのバランスが崩れて(右手の力だけがかかったので)左を向いてしまった。ここで当然ながら慣性の法則が働き、体は空を飛び、半回転して、右肩・右背中・右手・右顔から着地。

あわてて自宅に戻り、家族の力を借りて近所の整形外科に行ってレントゲンを撮る。骨折などはなく「全治三週間の打撲」というご託宣。もっとも手も顔も、擦り傷と切り傷で絶賛「絆創膏&ガーゼ祭り」である。ちなみに右肩と右背中が一番痛いので、右手が上がらない。

午後から大学近くの高等学校で模擬授業が予定されていたのでちょっと不安だったが、アドレナリンが出ているときはすごいもので、左手で字や図を書きながら、どうにかやっつけてしまった。もっとも、参加した生徒諸君は、いきなり顔中絆創膏とガーゼ三昧の「大学教授」が出てきて、さぞかし驚いたことだろう。

模擬授業終了後はそのまま東京に出稼ぎを予定していたのだが、さすがにこれはムリ、ということで、自宅に戻って布団にもぐってひと眠り。数時間して目覚めると、全身が痛くて起き上がれない……というか、寝返りもきつい。ようするにアドレナリンが切れたのである。

そののち四日間布団のなかで過ごし、新学期を迎えた今日この頃、皆さまにはいかがお過ごしでしょうか。ワタクシは、いまだに右肩と右背中の打撲部が痛く、空を飛ぶもんじゃないことを実感している初秋である。

やはり空を飛ぶのはETに任せたい。

夏、終わる。

追記

と・こ・ろ・が。

ひさしぶりに資料に目を通すと、どこをどう読めばよいか、まったく忘れていることに気付き、動揺する。これは、かなりのリハビリが必要みたいだ。

【本文】

仙台は、今週になって一気に秋雨前線が南下し、気温が低下して夏が終わった。現在(9時)の仙台の気温は19度、オフィスの窓の外は霧雨、先週までとは10度以上違う。

ちなみに、怒涛の二ヶ月(当社比)を予想していた7-8月であるが、昨日、『フランス現代史』の初校を返送し、どうにか「やるべきこと」はクリアした感が満際の8月末である。

●フランス1週間。

●各種おしごと。

●フランス2週間。

●高校「歴史総合」教科書の(分担)執筆。

●『フランス現代史』の校正。

と……他にも何かあったかもしれないが、すでに記憶の彼方である。

さらに、8月半ばの帰国時の時差ボケ解消に完全に失敗し、こんなことは今までなかったのだが、どうしようもなく体内時計が混乱しまくり、いまだにダメージが尾を引いている。情けないかぎりだが、これが加齢というものなのであらう。

とにもかくにも、夏終わる。それに伴い、今日からひさしぶりにラ・ペルゴラ団地(モンペリエ)の資料に戻ることになった。しばらくは資料に惑溺・沈潜したい……ブクブクブク。

あとの祭り。

今日でニーム2週間が事実上終わった。同市文書館で、資料請求上限をぶっちぎりで無視して(もらって)200箱以上チェックし、7000枚以上の写真を撮った。いろいろと情報も得たし、まずまずの成果ではなかろうか。

しかし。

全部終わり、館長のヴァゼイユさんとお別れの雑談しているなかで、ニームがあるガール県の県文書館でも資料をチェックしなきゃならないという話になった。ぼくが関心をもっているいくつかの地区は、県公共低廉住宅公社(Office Public HLM du Departement du Gard)など、県の関連団体が開発しているので、それは正論である。

その県文書館であるが、これまでの(レンヌやモンペリエでの)経験から夏休み閉館中かと思ったら、ヴァゼイユさんいわく「ガール県文書館は、夏休み閉館ないよ」。

がーん。

そんな大事なことが、最後の日にわかるとは。語の真の意味における「あとの祭り」である。いやはや、これだからリサーチってやつは、先がみえなくて、だから面白いのだが。

NEMAUSUS

日本も台風接近で亜熱帯からふきとばされつつあるらしいが、翁長雄志・沖縄県知事の逝去の報に接する。

R.I.P.

当地ニームもようやく最高気温32度と、扇風機しかないところでしごとをするのに相応しい温度となってきた。明日は前線が通過して嵐になるらしい。嵐もどうかと思うが、猛暑よりはましだろう。そんなわけで、ようやく散歩に出る気(温)になったので、近くにあるNEMAUSUSをみにいってきた。

見よ。

なんだこれは、である。

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1986年、ニーム市はジャン・ヌーヴェル(Jean Nouvel)に対して、低所得者向けの低家賃住宅(フランスでは社会住宅と呼ぶ)の設計を依頼した。その結果として生まれたのが、このNEMAUSUSである。ちなみにネモシュス(Nemausus)というのは、ローマ時代に遡るニームの旧名コロニア・ネマウサ(Colonia Nemausa)のもととなった泉の名前らしい。

しかし、ヌーヴェルといえば、アラブ世界研究所(パリ)、ケ・ブランリ美術館(パリ)、「かの」モンペリエ市役所、日本では電通本社ビルなど、シャープなガラス遣いで知られるオシャレ系建築家ではなかったか。それが、この、メタル感バリバリの、宇宙船をほうふつとさせるといえばカッコいいが、どう見ても「中は暑いだろうなあ」としか思えない建物である。

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反対側からみてみたが、これ、冷房付いているんでしょうか。付いてないな、多分。

ちかよって見ると、半地下がピロティ構造の駐車場になっていることがわかる。なんとなく、マルセイユにあるル・コルビュジエ(Le Corbusier)の輝く団地(La Cite Radieuse)に対するオマージュのような感があるが、いかがだろうか。

そういえば、輝く都市を見にいったときも、暑かった。あれは2014年夏、じつに4年も前のことだったのだよ、ワトソンくん。

後半戦、始まる。

第2週、つまり後半戦が始まった。第二次世界大戦ニームでは、他の多くのフランス都市と同様に、市その他が資本参加した公私混合会社(第3セクターみたいなもの)が都市計画を推進してきた。その嚆矢が、1950年代(具体的な年は失念)に設立されたニーム地域開発会社(Societe d'Exploitation de la Region Nimoise, SERNI)である。今日、ようやく、SERNIの資料(資料系列2T)をチェックしはじめた。

しかし。

ちょっと気になってジョルダヌに「ニーム市文書館では、一日あたりの資料請求上限数はどれくらい?」と聞いたら「午前と午後で、おのおの5箱。合計10箱」という返事。

10箱。

う、うーむ。

地球の反対側のニッポンから来ているので、大目に見てくれているのだと思うが、それをはるかに上回るペースで資料請求している自分。いや、申訳ないことをしてしまった/している/するだろう。あわてて、職員の皆さんに差入れるべく、アイスクリームとオレンジジュースを買いに走ったのであった。

トラムバスという選択。

【8月5日追記

これだけだとニームにカライ話になって申訳ないので、付記しておくと、感心したのは紙の切符がリチャージャブル(再利用可能)になっていることだった。フランスではバス・トラム・トラムバスなど都市公共交通機関の切符が共用になっていることが多いが、それら切符は

・紙製の一回券(または数回券や一日券など)

・プラスチック製の定期券(日本のスイカみたいなもの)

にわけられることが多い。前者はバス停の自動販売機、バスの運転手さん、その辺の店で売っており、後者は、顔写真が必要なことが多いので、営業所に出向いて購入するのが普通だ。

ニームでは、このうち(定期券がリチャージャブルなのは当然だが)紙の切符もリチャージャブルになっている。つまり、一回券の場合だと、最初に1.6ユーロ払って買うのだが、これには0.3ユーロのデポジットが入っており、次回からは自動販売機などで1.3ユーロ払ってチャージすることになっている。紙の切符まで再利用するとは……かかるコストは、リチャージャブルな特殊な紙を使用しなければならないわけだから、一回使ったらオシマイのものよりも高いんじゃないかと思う。そうだとすると、これは、一種の環境政策と考えるべきなのだろう。

ぼくも、0.3ユーロのデポジットを考え、昨日買った一回券を大切に保管することにした。

でも、今日も暑いんですが。

【本文】

日本も暑いがニームも暑いなか、どうにか週末を迎えた。南仏の暑さの特徴は午後遅くから夕方に最高気温が来ることで、今日も、ニームが最高気温38.5度を記録したのは15:30。要するに「仕事は午前中に片付けるべし」ということである。この一週間のぼくの行動が、これをもって正当化されたわけだ。

今日土曜日は「グラン・デパール(大脱出)」、すなわちフランス人のバカンス出発日であり、しかもグラン・デパールのなかでも最大の人数が動く日である。こんな日は、遠出をしようなどと考えると、ろくなことにならない。電車は遅れ、バスは来ないに決まっている。今日も、もっとも近い海であるグロ・デュ・ロワとニームを結ぶローカル線は、国鉄の(もちろん日にちと場所を狙った)部分ストでほぼ全休。駅をのぞいてみたら、長距離列車はTGVを中心に120分とか90分とかいった遅れが頻発していた。例年の大混雑に加え、今年は猛暑で(線路をはじめとする設備にムリをさせられないため)速度制限がかかっているらしい。

そんなわけで、最近ニームが導入したトラムバスに乗ってみた。トラムバスとは聞きなれない言葉だが、要するに、極力専用軌道を整備し、交差点では優先的に進入できるようにしたバスのことである。本来であればトラムを導入したいのだが、それだけの財源と予想利用者数がない規模の地方自治体がセカンドベストの方策として頼るシステムという位置づけだろうか。

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ニームでは、2016年末に1号線が開通し、現在は、2号線の開通に向けて住民意見調査が進められている。

ローマ博物館(建物は、そろって建築家のポルザンパルク夫妻のうち、妻エリザベトのデザインで、これは一見の価値がある)をざっとみて、トラムバスに飛び乗る。

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ちなみに、こんなピカピカのローマ博物館が、ローマ時代の遺跡であるコロシアムの隣に建っているのは、コントラストが強くて素敵である。

ラムバスは、街の中心部から、黒川紀章がデザインしたニーム都市圏庁舎「ル・コリゼ」の横を通り、町はずれの終点に至る。終点まで乗り、そのまま折り返しのトラムバスに乗って戻る。

乗った感想は、残念ながら「選択としては、中途半端」の一言。欧州が「トラム・ルネサンス」にあるというのは良く知られたことだが、トラムの導入は「自動車の排除」を中核とする「街の再生」政策の一環としてなされている。ところが、トラムバスだと、なかなか「自動車の排除」にならない。専用軌道に(フランス人らしく)勝手に割り込んでくる自動車もあるし、なによりトラムバス自体がしょせんは自動車なので、「自動車の排除」をイメージしがたい。難しいものだなあ……と思いつつ、バス停からホテルまでテチテチと歩いて帰ったのであった。

誤算。

【8月3日追記

昨日のニームの最高気温は40.2度だったらしい。聞くだけでめまいがしてくるわ!!

【8月2日追記

チョー暑がりのぼくの悲惨な姿をみて、親切なジョルダヌが扇風機をぼくのほうに向けてくれた。すこし、生き返った……気がする。

【本文】

ニームでしごとを始めて二日。ホテルは駅から徒歩1分、ニーム市文書館からは徒歩5分、冷房完備。風呂の水栓がなくシャワーしか使えないことだけが、いまのところは不満である。文書館はちゃんとほぼ8時にオープンし、資料のことはなんでも知っている館長ヴァゼイユさんも健在で、助かる……というか、「あんな資料があるぞ、こんな資料もあるぞ」と教えてくれるので、チェックする対象が増えすぎて困る、という贅沢な悩みを抱えはじめている。

唯一の誤算は、猛暑である。

日本もひどいが、フランスもひどい。ニーム周辺は最高気温が35-38度という、かの亜熱帯ingする日本とかわらない最高気温をたたきだしている。もちろん日本に比すれば乾燥しているので、屋内に入って日光を避ければ温度はそれなりに下がるのだが、それでもこの温度だと限界がある。

問題は、当然ながら(?)文書館の閲覧室に冷房がないことだ。古い民家を間借りしているのだから、まぁ予想された事態である。3台の扇風機がフル稼働しているが、いうまでもなくムリ、力不足。しかも、扇風機のうちデカい2台は、なぜか職員さんの方向を向いているではないか。

誤算である。

そんなわけで、午前中4時間働くと、意識がもうろうとしてくる(大げさ)。閲覧室は昼休みのため12時にいったん閉まるのだが、14時の再開館に戻ってくる気力がない。午後は(17時に閉まるので)3時間しかしごとできないし。かくして冷房の効いたホテルの部屋で資料の整理と資料リストの改訂をするほうに心が傾いてゆく。

この猛暑が終わったら、午後も文書館でしごとすることになると思うが、先ほどの天気予報では「しばらく猛暑が続く」ということだったので、さて、どうなるか。