来年の抱負。

ドタバタの2019年がようやく終わろうとしている。

今日は、せっかくの大みそか(?)ということで、6:20に職場に行き、あれこれと用事をこなして10:00に帰宅。これから北日本は荒れるらしいので、どこにも行かずに明治期経済史関係の本をもぞもぞと読むことにしよう。

たった3時間の職場滞在だったが、ホントに久しぶりにニーム市文書館のインベントリーを整理し、次回(1月末)の訪問時に閲覧したい資料番号を整理して文書館に送り、一瞬「帰ってきた!!」という気分を味わった。1月末のニーム滞在は、学内行政や会議や入試や授業やあれやこれや……の合間をぬったほんの1週間強の短期決戦だが、それでも、資料に触れることを考えるだけでうれしい。3月以来10か月ぶりの資料チェック、各種タスク遂行能力は低下していないだろうか。そんなことも含めてワクワクしてくる。

とにかく、諸悪の根源(?)ともいうべき副研究科長(一般には副学部長)職も、あと1年強。諸悪の根源のそのまた根源というべき国立大学4年次評価のための部局活動報告書(正式には現況調査票)も、どう転んでも2020年4月にはぼくの手を離れる。もうちょっとすればヤマはこえる、ということだ。そうしたら、今度こそはドップリと資料の海につかる日々にしたい……じゃなくて、万難を排して資料の海につかるぞ。

 

以上をもって、来年の抱負にかえたいと思います。

 

テレビドラマにはまった一年。

もうすぐ新年ということで、2019年を回顧してみたい。

ぼくの2019年のキーワードは「テレビドラマ」である。なんだよ、それ。

ぼくはこれまでテレビドラマに関心がなく、また、娘が生まれてからはチャンネル権を完全にゲットされてしまったため、テレビドラマとは縁遠い生活を続けてきた。それが、今年、とりわけ4月からは、ネットの再放映サービスなどを利用して、山ほどテレビドラマを見るようになった。目的はただひとつ、学内行政のストレス発散である。

4月から学内の肩書が5つ(既存の肩書が、副理事、大学院経済学研究科教授、高度教養教育・学生支援機構教授、同機構付属課外ボラセンティア支援センター長、以上4つ、そして4月に大学院経済学研究科副研究科長という肩書をゲットしてうれし……くない)に増え、自らのアイデンティティの根幹を(いちおう)なす「研究」に充てる時間とパワーが激減した。エフォート5%……といったところだろうか。ぼくも(いちおう)研究好きなので、これはこたえる。

会議や学内行政関係作文(と、あと授業)をして一日が終わると、どっと疲労感(またつまらぬものを……)に襲われる。ここから気合を入れなおして研究に頭と体を向けるのが一流の研究者なんだろうが、一流ならざるぼくにはムリ筋な話。ヘロヘロしながら帰宅し、もう頭も体も使いたくないので、さて頭も体も使わなくてよいものは何か……ということで発見したのが、テレビドラマだったわけだ。

 

ちなみに、例として、10-12月クールのテレビドラマの私的ランキングは以下の如し。全部を見ることは(とうぜん)時間の関係でムリだったが、大体フォローできたものについて、とりあえず大学教員らしくAからDで評価してみよう。

 

D(不可)

時効警察はじめました:オダギリジョーのキャラクターに頼りきった駄作。小ネタに振りすぎ、ストーリーも甘い。

●まだ結婚しない男:これまた阿部寛のキャラクターに頼りきったどうしようもない作品。なんで「二匹目のどじょう」を狙う続編が、次々と登場するのか。それも、どう見ても前作の劣化バージョンとして。

●4分間のマリーゴールド:手を合わせると相手の死期がみえるという子供マンガも真っ青の超能力を持つ主人公の設定に脱力。マジメにやれ、マジメに。

●シャーロック:「原作コナン・ドイル」と書かれ、ドイルもあの世で泣いていることだろう。原作を読む方が100倍有意義な時間を過ごせることは、ぼくが保証する。

●チート:チートならぬチープなストーリー。風間俊介の怪演だけ、許す。

 

C(可)

●ドクターX:そろそろネタ切れ感が出てきた。大門先生、お疲れさま。

●相棒:丁寧に作られていることはわかるが、犯罪設定の切れ味がちょっと鈍い。

 

B(良)

●グランメゾン東京:鈴木京香の反射神経のすごさ。こんなすごい役者だったとは、いままで気づかなかった(テレビドラマみてなかったから当然だけど)。すみません。

●同期のサクラ:現代日本社会で「空気を読まない」ことがどれだけ大変か……涙なしでは見られないが、高畑充希ってすごいコメディエンヌなのかもしれない。

●G線上のあなたと私:「大人になってからなにかに挑戦するのって、すごいなあ」という、本筋とまったく関係ない点で評価してしまったワタシはオヤジです、はい。

 

A(優)

左ききのエレン:役者は下手だし、終わり方はメチャクチャだし、ストーリーも視聴者のことを考えない飛び跳ねぶりだし、「オマエ、いーかげんにしろよ」と言いたくなりつつ、ときどき画面から発散される熱量に驚かされた怪作。「天才になれなかった全ての人へ」というキャッチコピーも、たまに天才に出会う業界に住まうものにとっては、心にグサッときて三歩あゆまず。

brexit、やっと。

イギリス下院総選挙で保守党が勝利し、これで来年1月にbrexitが実現されることがほぼ確実となった。イギリス国民は、さぞかしホッとしていることだろう。

もちろん、離脱派である保守党とブレグジット党の合計得票率は45.6%、残留派か少なくとも離脱懐疑派の労働党自由民主党緑の党の合計得票率は46.4%と、国論が二分されていることは確かだし、とくに若年層では残留派・離脱懐疑派の得票が圧倒的だったらしいので、結果に落胆しているイギリス国民も多いはずだ。

そ・れ・で・も。

とにかく迷走に迷走を重ね、がけっぷちに宙ぶらりん状態だったワケワカメの日々が終わったわけだから、将来の計算を始めることができるようになって良かったではないか、イギリス国民諸君。

ぼくはイギリス研究が専門じゃないのでEU側から見る癖がついているため、brexit騒動に対する評価は、どうしても低くなってしまう。NHKのニュースなどでは、EUのプレゼンスの低下とか、地域統合の流れの逆転現象とか、なんだか世界が一変しそうな勢いの報道・論調が目につく(といいつつ、ぼくは今日は東京に出ていたので、NHKについては仙台駅で朝7時のニュースをちらっと見ただけだ)が、EU=大陸側からみたら「あ、そうですか」程度のイベントなのではなかろうか。

なんたってEUあるいはその(主要な)前身たるEC(のさらに前身たるEECを含む)とイギリスは、政略結婚とでも呼ぶべき関係をとりむすんできたにすぎない。大体において、1960年代、脱植民地化の進展と経済構造転換の失敗に苦しむイギリスは、二度(1963、1967)にわたってECに加盟に申請するが、イギリスを「USAの手先と書いてパシタと読む」とみなすドゴールすなわちフランスの拒否権行使によって、二度とも加盟に失敗するのである。1973年になり、さすがに石油危機のなかでイギリスの加盟は実現するが、それでもEC/EUと表裏一体の関係にあるシェンゲン協定には入らないし、通貨ユーロは採用しないし、イギリスは「困ったちゃん」でありつづけた。EUからすれば「途中参加を認めてやったくせに、わがままばかり言いやがって、あげくのはてにキャメロンの私益追及が誤算となって脱退かよ、つきあってらんねーぜ、まったく」というのが本音だ、と、ぼくは思う。

EUからすれば、本家本元にして本丸たる「オリジナル・シックス(独仏伊とベネルクス)」に離脱の動きが広まることをどうにか抑えつつ、シングル・パスポートのうまみがなくなるイギリスから撤退する企業や工場を吸収できれば、なんの問題もないはずだ。いや、収支決算をしてみると、存外黒字かもしれない。

ドーバー海峡というのは、それほど狭くて広いボーダーなのである。

 

 

師走、来る。

あっという間に師走である。

秋には終わると思っていた大学中間評価用報告書(現況調査票)執筆が修正に次ぐ修正で春までかかることが確定し、ステファン・バーガーから頼まれた「日本経済近代化に対する黒船の記憶のインパクト」リサーチが全然終わらず=先行研究がほとんどなくて森の中をさまよう気分が続き、親しい知人が病を患っているというニュースが続いてこっちまで悲しくなり、などなど、じつにパッとしないままに秋が終わって初雪舞う初冬となってしまった。

そんな中、先日、地元中小企業の若手経営者の会に呼ばれて話をする機会があった。終わって忘年会に招かれ、いろいろと話をしたのだが、家業を継いだ人たちが多く、ということはつまり「家業継承前の時期」があるということで、家業継承前は外資コンサルでパートナーやってたとか、「じつはMBAホルダーです」とか、バックパッカーで世界中放浪したとか、波乱万丈な人生を過ごしてきた方々が多く、じつに勉強になった。もちろん家業継承後は良いことも悪いこともあるわけで、さまざまな苦労話も聞くことができた。地方中小企業は危機にあるといわれて久しいが、それほど単純なものではない。ケース・バイ・ケースであり、個々の企業では様々な試行錯誤がおこなわれている。涙と笑いのエピソードをいくつも披露してもらい、すこし元気を分けてもらった師走の一日であった。

こんな機会が多々あればよいのだが、うむ。

続・ソウルその2

どうにか無事に(でもないのだが)カンファが終わり、フライトの時間の関係でもう一泊して、いまは仁川のラウンジで仙台行きを待っている。5時に起き、5:30にチェックアウトし、5:44コンドク発の空港鉄道(Arex)に乗ったので、ひたすらに眠い。し・か・し、今日は11:30仙台着予定なので、13時から大学で会議が2つ入っていて、なぜか間に合いそうで……マジかよ。でも、ラウンジで朝からワインとビールを飲みまくっているのは、ここだけの秘密だ。

日韓歴史家会議自体は昨日の昼に終了したので、昨日午後は、木畑洋一さんとともに、木畑さんの駒場時代の教え子であるユム・ウノクさんの案内で「植民地歴史博物館」を見学してきた。日本に植民地化されて以来の朝鮮・韓国の歴史をたどる民営の博物館で、数億円の建設資金はすべて国内外の寄付金で賄ったとのこと。その一念に驚かされるとともに、ともすれば「韓国ナショナリズム」に染まりがちなテーマに対して「民主主義」という観点からアプローチするというコンセプトに深くうなづかされた。

ウノクさんのおかげで主任キュレーターのキムさんが直々に説明してくださり、1フロアみるのに3時間近くという濃密な勉強の時間を過ごした。ちなみにキュレーターのひとりは日本人女性で、男性より女性のほうが元気な日本を象徴するようではないか。

しかし、こういう展示を目にすると、日本における、とりわけ右翼系の「歴史認識」のうすっぺらさは、あれは一体なんなんだよ、まったく。「ライジング・サン」(夜明け)じゃなくて「フォーリング・サン」(日没)の国の現実を直視しきれない関係各位のダイイング・メッセージなのか? ダイイング・メッセージを発するのは良いとして、他国をまきこまないでほしいんですが。海外に出る機会が増えたワタクシにとっても迷惑である。

さて、そろそろボーディング・タイムだ。

ソウルその2

昨日から、2週連続でソウルに来ている。今回は第19回日韓歴史家会議に運営委員として参加するためだが、なんと会場が先週と同じソガン大学、先週と同じ会議室、ということで、既視感が半端ない。

今日はセッションが3つ並ぶというメインの日で、9:30から17:45まで、今年のテーマである「海洋/海域の歴史」についてみっちり勉強した。充実したトークが6本、各々にコメントが付き、各コメントにリプライが付き、フロアが口をはさむ時間は一切なし。逃げ場なしの8時間15分。

しゃべりたいフロア参加者のためには、明日、長大な総合討論の時間が用意されている。

そんなわけで、貴重なアカデミックな時間となったソウルは、先週に比して一気に気温が下がっていた。秋である。