『現代ビジネス』、ふたたび。

今ごろ謹賀新年。

 

1月2日。去年2月に投稿した論文が「minor revision」という審査付きで戻ってきて、一気に仕事モード。

1月4日。授業が始まり、ドタバタするなかを、論文をあちこち修正していたら、職場のパソコンが挙動不審となる。

1月6日。パソコンをなだめすかしつつ修正を終え、返送。つづいてラ・ペルゴラ団地のペーパーの推敲をラストスパート。

1月9日。しかし、どうしようもなくなって診てもらったら、ハードディスクのwindowsアクセス部分が壊れかかっているとのこと。しかたなく、かつて図書室で使っていた中古をひっぱりだして借りることになった……が、これがwindows8.1。これまで絶滅危惧種windows7だったので、インターフェースが違い、ま・っ・た・く、わからない。おはずかしい。

 1月10日。それでもどうにかラ・ペルゴラ団地についてのドラフトをあげ、ネイティヴ・チェックに送る。フランス語なので、どれだけ直されて帰ってくることか……楽しみだ。

 

 

そんなステキな正月明け、また『現代ビジネス』に拙文を掲載していただいた。題して「なぜ日本では「左派ポピュリスト」が誕生しないのか、ひとつの考え方」。バリバリの専門外である。

 

gendai.ismedia.jp

そういえば去年は『中央公論』でも「ポピュリズム」について書かせてもらったので、いまは「ポピュリズム」がイケてる(死語)んだろうか、うむ。

 

 

学内行政に飽んで、夢は南仏をかけめぐる。

年末の恒例は、一日休みを取って年賀状を書くことである。今年は今日が年賀状の日となり、明日からはまた大学に出かける予定……は未定。仙台も寒気が入り、山形から奥羽山脈を越えて弱い雪がふっている。さて、明日はどうなるか。

 

21日には拙著『フランス現代史』(岩波書店岩波新書、2018)が、無事に刊行された。

www.iwanami.co.jp

概説書ではあるが、準備から完成まで半年かかったので、それなりにほっとしている。

 

そういえば、監修を頼まれた小学館『マンガ世界の歴史』も秋に一挙刊行されていたのであった。

www.shogakukan.co.jp

ぼくは11巻「ナポレオンとつづく革命」と12巻「産業革命アメリカの独立」の産業革命の部分を担当したが、編集者さんから「ナポレオンがセントヘレナ島に流された際の航路」を尋ねられ、そんなん知るかいなということで、ラスカーズ「セントヘレナ覚書(Memoire de Sainte Helene)」をフランス国立図書館の無料デジタル公開版で読んで地図にプロットしたとか、その他いろいろと勉強になった……というか、なりすぎて疲れた。

 

そして、11月末からは、ようやくホームグラウンドに戻り、南仏はモンペリエにあるペルゴラ団地についての論文を書きはじめたわけである。「Lien personnel et structure spatiale(人的紐帯と空間構造)」 という上段に構えまくったタイトルだが、どうにか昨日ドラフトをしあげ、年末年始はのんびりと推敲に励もうかと思っている。3月後半には二週間ほどリサーチしにニームに出向く予定だが、春が待ち遠しい年末也。

そんなわけで、ここで一句。

 

学内行政に飽んで、夢は南仏をかけめぐる

 

 

それでは、良いお年を。

 

 

 

おしごと。

オンライン雑誌『現代ビジネス』に、最近フランスで話題(?)の「ジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)」に関する小文を載せていただいた。

 

 

gendai.ismedia.jp

 

 

「この規模の騒動は、フランスでは、ほぼ10年ごとに生じているので、大したことなし」というミもフタもない結論になってしまったが、しかし、これでは「それじゃどうすればよいのか?」という問に答えていないではないか。

答は一択:「対抗欧州(ソーシャル・ヨーロッパ)の構築」あるのみ。

ちなみに3000字強の小文だが、学部ゼミの開始時間が迫っていたため60分で一気にやっつけたというのは、ここだけのヒミツ……なのは、頭のなかがモンペリエはラ・ペルゴラ団地の改修工事(執筆中のホームグラウンド論文のテーマ、しかも慣れないおフランス語だい!!)のことで一杯だからなのだった。

 

 

なお、そんなわけで言葉足らずの箇所が多々あるため、ここでちょっと付言しておきたい。

-欧州連合と庶民の関係を「相対立する関係にある」という単純な図式で捉えるべきではない。拙文で言いたかったのは、経済政策の領域に限定し、かつ根本的なレベルで考えると、前者は後者に冷たくならざるをえない、ということにとどまる。具体的で個別の政策・政治の次元では、譲歩や妥協の余地はある、ということである。

-「マクロンは<反庶民>であることを運命付けられている」と書いたが、これは、彼が、欧州統合懐疑派が優越する時代に欧州統合支持派の代表格としてふるまわなければならない、という時代背景のなせる業である。欧州統合が順調に進んでいたら、彼とて緊縮財政を緩め、庶民に一定の配慮を示す余裕を示せたかもしれない。しかし、現況では、それは無理な相談なのである。

-欧州共同体や欧州連合が緊縮財政を採用した理由は、中間層・エリートがこれら組織を支配しているからという単純なものではない。この辺はいろいろと小難しくゴチャゴチャしているので、恐縮だが近刊拙著をご高覧いただきたい。

リスタート。

秋晴れの仙台。

朝のすがすがしい空気を吸いながら、ひさしぶりに歩いて職場に行く。

コーヒーを入れ、メールをチェックし、そして、ホントになにげなしに論文を書きはじめる。件のモンペリエはラ・ペルゴラ団地に関する論文である。久しぶりのフランス語作文なので、なかなか進まず、会議の合間を縫った200ワード強にとどまったが、「帰ってきた、リスタートした」という気分がしてくる。ワクワクしてくる。

やっぱりいいなあ、ホームグラウンドって。

やっぱりいいなあ、アウトプットって。

もちろん、いいことばかりじゃない。これからは「明日も書きつづけられるんだろうか」という強迫観念に付きまとわれる毎日となるだろう。「どこかでストーリーがぷつんと切れてしまうんじゃないか、頭の中になにも浮かばなくなるんじゃないか」という不安と二人三脚の日々が続くだろう。

とにかく、どうにかゴールにたどり着きたいものだ。それも、できれば今年度中に。来年度は、研究以外のタスクがさらに増えて忙しくなりそうなのだよ(自社比)、ワトソン君。

 

 

なお、今年前半をつぶして執筆した『フランス現代史』(岩波書店岩波新書)は、今週校了、12月20日発売の予定。どうにか2018年のうちに刊行することができそうで、ほっとしている。

ついでにPRだが、『中央公論』12月号に「強い指導者の歴史学 社会史 生活に浸透する<小文字の政治>の視点」なる小文を載せてもらった。4ページしかないホントの小文だが、「ポピュリストは民主的だ」とか「ポピュリズムは弱い指導者の政治形態だ」とか「要するに国民が弱いからダメなんだ」とか、書きたい放題に書かせてもらって楽しかった。政治学には門外漢のくせに、自分。

空を飛ぶ。

【10月25日追記】

昨日ぐらいから、ようやくクシャミができるようになった。怪我した直後は、クシャミをすると痛みが脳天までつきぬけるため、ひたすら鼻を押さえていたのだった。

【本文】

9月末の金曜日。

いつもどおり徒歩で職場に行ってしばらく仕事をしているうちに、自宅に忘れ物をしてきたことに気付いた。職場にはキャンパス間移動用の自転車がおいてあるので、ちょっと戻って取ってこようかと思ったのが運のつき。

自宅までは自転車で15分ほどなので、あっさり着き、忘れ物をピックアップし、職場にUターン……する途中の自宅近くの下り坂で、なにを考えたのか、左手を離して片手走行をしたところ、ハンドルのバランスが崩れて(右手の力だけがかかったので)左を向いてしまった。ここで当然ながら慣性の法則が働き、体は空を飛び、半回転して、右肩・右背中・右手・右顔から着地。

あわてて自宅に戻り、家族の力を借りて近所の整形外科に行ってレントゲンを撮る。骨折などはなく「全治三週間の打撲」というご託宣。もっとも手も顔も、擦り傷と切り傷で絶賛「絆創膏&ガーゼ祭り」である。ちなみに右肩と右背中が一番痛いので、右手が上がらない。

午後から大学近くの高等学校で模擬授業が予定されていたのでちょっと不安だったが、アドレナリンが出ているときはすごいもので、左手で字や図を書きながら、どうにかやっつけてしまった。もっとも、参加した生徒諸君は、いきなり顔中絆創膏とガーゼ三昧の「大学教授」が出てきて、さぞかし驚いたことだろう。

模擬授業終了後はそのまま東京に出稼ぎを予定していたのだが、さすがにこれはムリ、ということで、自宅に戻って布団にもぐってひと眠り。数時間して目覚めると、全身が痛くて起き上がれない……というか、寝返りもきつい。ようするにアドレナリンが切れたのである。

そののち四日間布団のなかで過ごし、新学期を迎えた今日この頃、皆さまにはいかがお過ごしでしょうか。ワタクシは、いまだに右肩と右背中の打撲部が痛く、空を飛ぶもんじゃないことを実感している初秋である。

やはり空を飛ぶのはETに任せたい。

夏、終わる。

追記

と・こ・ろ・が。

ひさしぶりに資料に目を通すと、どこをどう読めばよいか、まったく忘れていることに気付き、動揺する。これは、かなりのリハビリが必要みたいだ。

【本文】

仙台は、今週になって一気に秋雨前線が南下し、気温が低下して夏が終わった。現在(9時)の仙台の気温は19度、オフィスの窓の外は霧雨、先週までとは10度以上違う。

ちなみに、怒涛の二ヶ月(当社比)を予想していた7-8月であるが、昨日、『フランス現代史』の初校を返送し、どうにか「やるべきこと」はクリアした感が満際の8月末である。

●フランス1週間。

●各種おしごと。

●フランス2週間。

●高校「歴史総合」教科書の(分担)執筆。

●『フランス現代史』の校正。

と……他にも何かあったかもしれないが、すでに記憶の彼方である。

さらに、8月半ばの帰国時の時差ボケ解消に完全に失敗し、こんなことは今までなかったのだが、どうしようもなく体内時計が混乱しまくり、いまだにダメージが尾を引いている。情けないかぎりだが、これが加齢というものなのであらう。

とにもかくにも、夏終わる。それに伴い、今日からひさしぶりにラ・ペルゴラ団地(モンペリエ)の資料に戻ることになった。しばらくは資料に惑溺・沈潜したい……ブクブクブク。

あとの祭り。

今日でニーム2週間が事実上終わった。同市文書館で、資料請求上限をぶっちぎりで無視して(もらって)200箱以上チェックし、7000枚以上の写真を撮った。いろいろと情報も得たし、まずまずの成果ではなかろうか。

しかし。

全部終わり、館長のヴァゼイユさんとお別れの雑談しているなかで、ニームがあるガール県の県文書館でも資料をチェックしなきゃならないという話になった。ぼくが関心をもっているいくつかの地区は、県公共低廉住宅公社(Office Public HLM du Departement du Gard)など、県の関連団体が開発しているので、それは正論である。

その県文書館であるが、これまでの(レンヌやモンペリエでの)経験から夏休み閉館中かと思ったら、ヴァゼイユさんいわく「ガール県文書館は、夏休み閉館ないよ」。

がーん。

そんな大事なことが、最後の日にわかるとは。語の真の意味における「あとの祭り」である。いやはや、これだからリサーチってやつは、先がみえなくて、だから面白いのだが。