『被抑圧者の教育学』

パウロフレイレ『被抑圧者の教育学』(小沢有作他訳、亜紀書房、1979、原著1970)

(1)フレイレによれば、「被抑圧者」(のみならず、多分だれでも)は、対話と相互教育の契機を重視する課題提起型の教育に参加することによって「意識化」を遂行し、「主体」になり、正しい認識と行動に至ることができる。使っている言葉は古めかしいが、これは、あるべき教育のあり方の枠組としては、今でもかなり妥当するだろう。とすると、ぼくらは、この30年間、一体何をしてきたのだろうか。

(2)もちろん、本書の所説に対しては、色々な批判が可能だろう。たとえば「課題提起型の教育」を提供する教師はどこにいるのか。あるいは「課題提起型の教育」とて「被抑圧者」を社会的に統合するメカニズムであることに変わりはないのではないか、などなど。問題は、これをもって「課題定義型の教育」という方法そのものを放棄するか、あるいは「よりましな課題提起型の教育」を探るか、にある。

(3)それにしても、本書には、深刻な内容を取り扱っているにもかかわらず、どこか明るい雰囲気が漂っている。これは「ラテンのノリ」」のなす業か?