『阿部謹也自伝』

阿部謹也阿部謹也自伝』(新潮社、2005)

(1)かつて『ハーメルンの笛吹き男』(平凡社、1974)で一世を風靡し、いわゆる「社会史」ブームをまきおこした歴史学者の自伝。同書をはじめとする氏の社会史研究が、たんなる好事家的な関心によるものではなく、氏の実存に根ざしたものだったことがわかる。また、増田四郎や上原専禄といった「英雄時代の巨人たち」の豪快というかむちゃくちゃなエピソードや、氏が地理学(トポグラフィー)に深い関心を持っていたことなども、なかなか興味深い。ただし、存命の著者による自伝の慣わしとして、「興味深い」という以上のものではない。

(2)大学業界の片隅に生息するものとしては、氏が一橋大学長時代に直面した諸学内問題、とりわけ学長選挙制度改革問題の顛末をめぐる記述に、なによりもひきつけられる。これは本末転倒の読み方かもしれないが、「存在は意識を規定する」以上、しかたがなかろう。文部省(のち文部科学省)の圧力のもと、教員や職員や学生は、あるときは筋を通しつつ、あるときは姑息に、行動した。この光景を、後世の歴史学者はどのように叙述し、叙述でき、あるいはまた、叙述すればよいのだろうか。そしてそれは、この本で描かれたストーリーと、どの程度共通し、どの程度異なることになるのだろうか。