『定刻発車』

三戸祐子定刻発車』(新潮社・新潮文庫、2005、初版2001)

(1)あまりにも…なタイミングで出版されて評判になった文庫版。日本の鉄道が脅威の定時率を誇る理由を探り、それを日本人の国民性と巨大システムを動かす技術とに見出す。この本で描かれるいわば「定刻発車」文化と、鉄道という巨大システムを問題なく動かすための技術のすさまじさには、脱帽。元「鉄っちゃん」としては、興味を惹かれざるをえない。

(2)それでは、鉄道を他の公共交通機関と比較するとどうなるだろうか。たとえば、鉄道と国内航空輸送を比べてみよう。ぼくは仙台に住んでいるので(元「鉄っちゃん」ということもあって)大抵の国内出張には鉄道を使う。とりあえず北は函館、西は岡山までは、基本的に鉄道を利用している。というわけで、ときどきしか飛行機を使わないのだが、どうも飛行場の空気は駅のものと違い、まごつくことが多い。大体において、出発の20分前までにチェックインしなければならないのはなぜか。離陸してから、ようやく目的地到着時間のアナウンスがあるのはなぜか。ついでに、多少到着が遅れても暴動がおこらないのはなぜか……。どうも飛行場なり機内なりに「定刻発車」文化をみいだすことは難しいように感じる。
cf.なお、この違いは「飛行機は長距離だから」という理由によるものではないと思う。東京・博多や東京・千歳など、あきらかなビジネス路線も多いが、ビジネス・パーソンは「定刻発車」文化と縁が深いはずだ。
つまり「定刻発車」を求められているのは鉄道だけで、その他の公共交通期間は「定刻発車」文化の外にあるのではないか、いいかえれば鉄道は「特殊な」公共交通機関なのではないか、ということだ。もっともこれは、ほとんど飛行機を使わないぼくの個人的な繰言にすぎないといえばすぎないのだが。

(3)東京から札幌まで、あるいは東京から鹿児島中央まで、直通の新幹線を通すことが求められるのはなぜか。過疎地で鉄道路線を廃止してバス路線にすることが強い反対にあうのはなぜか(もちろんこれは「やがてバス路線も廃止」という暗黙の政策路線に対する反対でもあるわけだが)。こういった光景を目にするにつけ、鉄道が持つ「特殊な」イメージに思いをはせざるをえない。うーむ、やはりわれながら元「鉄っちゃん」である。