『暴力なき社会主義?』

中川洋一郎『暴力なき社会主義?』(学文社、2004)

(1)フランス第二帝政期に、社会主義の一潮流たるサン・シモン主義を奉ずる人々が設立し、フランス金融・産業界に一大旋風を巻き起こした異端の銀行「クレディ・モビリエ」(1852-67)の設立理念、経営政策、歴史を分析する書。「総括証券」と「普遍的協働」をキーワードに、サン・シモン主義と経営政策との関係をクリアに解き明かす部分(第3章から第6章)は一読に値する。

(2)ところで、この本がクレディ・モビリエを分析対象とすることの目的は

本書全体を通じて、「社会主義が体制として成立するためには、暴力が不可欠である」こと、そして「平等というような『普遍的理念』を実現するために暴力を肯定するマルクス主義に結実した社会主義がいかに異常な思想であったか」、その一端が確認できれば、それこそ著者の本望である(9ページ)

という点にある。第1章、第2章、そして終章は、この点を論ずることにあてられる。

(3)では、2つの目的は達成されたか。まず第1点については、その論拠は

クレディ・モビリエは、「総括証券」を発行し、やがて市場にあるすべての証券を代位することで、「普遍的協働」を成立させることを目指した…。クレディ・モビリエは「普遍的協働」を成立させるために不良企業にまで投資対象を広げざるをえなかった…。従って、強権的な手段(つまり、暴力)によって、市場から競争相手を排除してから、すべての遊休資金をこの「総括証券」によって吸収することが、クレディ・モビリエが目指す「普遍的協働」が成立する唯一の道であった(7-8ページ)

というものらしい。でも、「不良企業」をとりあつかうんだったら、ジャンク・ボンドやサラ金みたいに利率を上げればすむだけのこと。ここで「暴力」を持ち出すのは論理が飛躍している。もしかすると、単に「暴力」を持ち出したいだけなんだろうか? それとも、サラ金の取立てにおける「暴力」まで社会主義と関連させて考えているんだろうか? 

(4)第2の点については、社会主義の一翼を担うサン・シモン主義者は暴力を否定していたし、肝心のマルクスはサン・シモン主義を批判していた。というわけで中川さんも困ってしまい、「サン・シモン主義者は…暴力で大衆を抹殺しようとしたのではなかった」(39ページ)といったかとおもうと「マルクス主義…の根底にある思想とサン・シモンの思想との間には、発想のうえで類似点が多いことがわかる」(40ページ)といいだす。論理を辿るのが難しいが、さて一体どっちなんだろうか?

(5)いうまでもなく、この本の著者の中川さんといえば、フランス金融史研究や日仏自動車産業調査では、日本の第一人者。その人にしてこれほどまでに論理がつながらないとは、「同伴者史学」((c)石井規衛)恐るべし。