『経済』

川本隆史他編『経済』(応用倫理学講義第4巻、岩波書店、2005)
いただきもの。

(1)「岩波応用倫理学講義」の一冊として、経済領域に対する倫理学の応用を試みる書。編者である川本さんの手になる「講義の七日間」、各分野の一人者の手になる「セミナー」と証する6本の論文、さらに「問題集」と「シンポジウム」からなる、凝ったつくりの一冊である。かなり広範なテーマを扱っているので、ここではメイン・パートである「講義の七日間」の読後感だけ。

(2)川本さんは、様々な経済倫理学の所説を紹介および整理しつつ、「モノやカネでも心でも捉えきれない豊かさの実相に近づく」(72ページ)ことを提唱する。このスタンスには、まったく異論はない。ではそのための具体的な方法が提示されているか、というと、うーむ。

(3)「講義の七日間」を読んで興味深いのは、諸々の所説のなかに、「経済」ならぬ「経済学」を消化しているか否かをめぐり、2つのトレンドが並存しているようにみえることだ。たとえば、アメリカ合衆国産の「ビジネスエシックス」は、「なすべきことは経済学的問題の倫理的分析なのではなく、経済活動そのものの倫理的分析にある」(15ページ)という宣言からもわかるとおり、経済学にあまり関心がないらしい。これに対して、ドイツで展開されつつある「経済倫理学」は、経済学のあり方を十分に意識しているようで、まあ、さすが「経済学批判」の国ではある。そして、深いアーギュメントを展開しているという印象を受けるのは、どちらかといえば後者のほうだ。それは、「経済学」の中核にある「経済人」という人間類型の仮説と格闘する気(および、もしかすると格闘する能力)があるか否かをめぐる違いから生じている、とぼくは思う。

(4)その点で、川本さんがアマルティア・センに着目しているのはビンゴ!!、だろう。彼は、経済学の十分な素養にもとづき、経済人仮説を根底から再検討してきたのだから。経済学の基本的な諸仮定がわからなければ、「経済学の倫理学」はいうにおよばず、「経済の倫理学」だって、論じられない、はずなのだ。くりかえしになるが「モノやカネでも心でも捉えきれない豊かさの実相に近づく」ためには、経済人仮説に代わる人間類型が説得的に提示されなければならない。そして、センの所説のほかにもゲーム理論や実験経済学など、そのために役立ちそうなツールはごろごろころがっている、ような気がするのだが。