『講座日本美術史第4巻・造形の場』

長岡龍作編『講座日本美術史第4巻・造形の場』(東京大学出版会、2005)
いただきもの。
次回「川内耳学問セミナー」(日程未定)課題図書。

(1)日本美術史学界初!!の講座。講座全体は

物そのものを精密に観察することから始めて、遺品と文字史料とを関連づけ、様式に基づく歴史を編み、主題の意味を発見し、造形が生成し機能していた〈場〉を復原し、ついには美術という概念そのものの歴史性・党派性を暴き、美術史学それ自体の制度を問題とするところにまで展開してきた(iページ)

という美術史学の歴史に沿った意欲的な巻立ての全6巻からなる。この巻は、そのうち、作品ならぬ「造形」がおかれていた「場」の分析から、作品と、それをとりまく環境との関係を探ろうとする論文を集める。

(2)美術史学にはまったくの素人だが、以前から若桑みどり『イメージを読む』(ちくま学芸文庫、2005、初版1993)および同『絵画を読む』(日本放送出版協会NHKブックス、1993)の愛読者だったので、興味深く読了。それにしても、「場」を問題にするというのは、件のフランスは「記憶の場」プロジェクトを想起するとき、問題関心が共有されているせいなのか、あるいは偶然の一致なのか、うーむ。

(3)それにしても、この巻のように「場」を問題にする場合、あるいはそれだけではないのかもしれないが、まさに解釈者である美術史学者の「センス」が問われることを痛感する。たとえば第2章「花鳥の居場所」(太田昌子)は、西本願寺書院大広間が花鳥図にとりまかれていることの意味を、

  • 花鳥、山水、人物
  • モノクロームとポリクローム
  • 「図」と「地」
  • 日本と中国
  • ハイ・カルチュアと基層文化

といった枠組みを用いながら分析している。じつは、この章を通じて、文献資料などのはっきりした証拠はない。それにもかかわらずこの章は(素人のぼくがいうのもなんだが)とても説得的だ。説得力のある分析と、ない分析を比べると、資料的なレベルだけではなく、それ以外にもなにかが明らかに違う。それを「センス」と呼ぶとすれば、それでは、このセンスとはなにか。センスの内容を言語化しようとすることは必要か、可能か、有意義か…。なんてことを考えている暇は、本当はあまりないのだが。