『知ることの力』

松下良平『知ることの力』(勁草書房、2002)

(1)学振人社プロの最大のメリットは、ぜーんぜん専門が違う方々とお近づきになれることにある。それもこれも、毎回終了後の飲み会を設定しつつ自分は爆睡している川本隆史さんの人徳のなせるわざだろう。というわけで、せっかくなので、飲み会でいつも議論のお相手をしてくださる道徳教育学者・松下さんの本を読む(それにしても、ここのところ教育学関係の本ばかり読んでいる気がする…)。

(2)松下さんによれば、今日

  • 「道徳を知り、それを守ろうという気になり、それにもとづいて行動する」という「認識・情意・行為の三分法的理解」(2頁)に基づいている
  • この三分法だと、知っていても行動できないのは守ろうという気にならないからだということになる
  • そこから、それは意志が弱いからだという判断が生じる
  • それゆえ、意思を強くするべく「心の教育」が必要になる

というメカニズムを有する道徳教育論(「心情主義的道徳教育論」)がはびこっている。しかし、「心の教育」は危険であり、不毛である。したがって、どうにかして道徳教育論を再構築しなければならない。こんな「心に手をつっこむな!!」という松下さんの問題提起は、まったくもって正しい。

(3)道徳教育論を再構築するに際して、松下さんは「認識・情意・行為の三分法的理解」をくみかえ、「心の教育」が働きかける対象たる「情意」を経ることなく「認識」と「行為」を連接することを試みる。具体的には

心情主義的道徳教育論の克服のためには、知の客観主義に依拠した教育観(学習観や伝達観)から脱却し、知の解釈学に依拠した教育観へと移行することが不可欠になる。知識を言語的―社会的な実践に埋め込まれたものとして、それゆえ身体や感情の次元のものを含む相互に複雑に連関している三次元的な意味ネットワークと一体になっているものとして捉え、知識の意味地平と学習者の既有の意味地平の「融合」こそが伝達や学習であるとする教育観への転換である(192-3頁)

ということになる。ここには、ガダマーの解釈学、ハーバーマスのコミュニケーション的行為論、ポスト近代主義、クーンのパラダイム論といった、様々な所説の影響をみてとることができる。たしかに、こう考えれば「心の教育」の出番はなくなるだろう。しかし、ちょっと疑問が残る。つまり、この転換が「全教育の道徳教育化」に陥る危険はないのか、ということなんだが…。んじゃ、今度本人に聞いてみるか(酒の力を借りて)。