『経済的自由主義』

岡田与好『経済的自由主義』(東京大学出版会、1987)

(1)『経済セミナー』連載予定「名著再訪・20世紀日本の経済学編」来年の1月号は、わが師匠の一人だった(なぜ過去形?)岡田先生の『経済的自由主義』。それにしても「来年のことを言うと鬼が笑う」気もするが、4月からは学内行政が忙しくなりそうなので、出来ることは先にやっておかなければならない。

(2)学際的な研究の必要性が叫ばれるようになって久しいが、その実行はなかなかに難しい。ましていわんや学際的な論争はさらに難しく、したがって珍しい。日本におけるその稀有な例が、1969年に始まり、経済史学者と憲法学者のあいだで闘わされた「営業の自由」論争である。この論争はイギリス経済史学者・岡田与好(1925〜)が法学界の通説を痛烈に批判したことから始まるが、岡田は、それから20年弱のときを経て、この論争をとりまとめて本書を刊行した。
 岡田が問題にしたのは、日本の法学界、さらには法曹界における「営業の自由」の理解である。通常、営業の自由は、職業選択の自由とともに基本的人権であり、また法人企業にも適用されるべきものと考えられている。しかし、イギリスやフランスの経済史を分析するなかで、岡田は、この通説は十分なものではないと考えるに至る。
 たとえばフランス革命期をみると、職業選択の自由が実現される一方で、労働者の団結や経営者の独占という営業の自由が否定された。それにしても、職業選択の自由の実現と、団結や独占という営業の自由の否定は、矛盾しないのだろうか。両者はいかに整合的に理解しうるのだろうか。
 岡田によれば、団結や独占は個人の職業選択の自由を侵害する。そして、擁護されるべき基本的人権は「個人の」自由である以上、それを侵害するものは法的に規制されうるのである。そして、フランス革命期には、法的な規制を必要と考える「独占禁止・団結禁止型経済的自由主義」が支配的だった。営業の自由の法的規制するという任務を担うのが独占禁止法・行政である。
 ここから推測できるとおり、営業の自由は、法学界・法曹界の通説のいうところとは異なり、基本的人権ではない。それは、社会のあり方によって修正されうる、また修正されるべき、一つの公共秩序にすぎないのである。

(3)経済活動の主要な担い手が法人企業である今日、営業の自由を求める主体はおもに法人企業である。そして、岡田の問題提起の背景には、法人企業が営業の自由の名のもとに個人(自営業者、社員)の自由な活動を抑圧していることに対する強い憤りがあった。本書は、アクチュアルな問題関心と、広い学際的な視野と、緻密な分析能力の、まことに幸福な結合の産物である。
 さらにいえば、独占禁止法・行政の強化を求める声(「事前規制から事後規制へ」)と緩和を求める声(「規制緩和」)が並存する今日、独占禁止法・行政と営業の自由の関係を考えることはきわめて重要である。その際には、本書は無限の示唆を与えてくれるだろう。