『反古典の政治経済学』

村上泰亮『反古典の政治経済学』(中央公論社、上下巻、1993)

(1)『経済セミナー』連載予定「名著再訪・20世紀日本の経済学編」2/3月号…ったって来年だが…は村上泰亮である。とにもかくにも、これで全部終わり。良い復習の機会にして、自分の勉強不足を感じさせられる機会でもあった。さて、これで『高校の先生だってすごいんです』準備作業に戻れる。

(2)本書において、村上は、20世紀の特徴として「産業化、ナショナリズム、経済的自由」という3点を挙げる。それでは、この3者はいかなる関係をとりむすんできたのだろうか。産業化の基本的な動因は技術革新であり、技術革新は限界費用逓減をもたらす。限界費用逓減を仮定すると、市場では、シェア拡大を目指す過当競争が生じやすくなる。過当競争を抑制するには、どうしても国家介入が必要である。かくして強い国家が要請され、そこからナショナリズムが誕生する。限界費用逓減という仮定にもとづき、産業化とナショナリズムを肯定する思考様式を「開発主義」と呼ぶとすれば、開発主義は経済的自由と衝突せざるをえない。20世紀の3つの特徴は、調和的に並存しているわけではないのである。

(3)それにしても、村上は評論家として本書を書いたのだろうか。じつはそうではない。彼は、新古典派経済学を批判して限界費用逓減にもとづく経済理論を構築し(第7章)、そこから全ての議論を展開しようと試みる。その意味で、本書はあくまでも経済学者の作品である。上下巻あわせて900頁をこえる本書は、世界をまるごと捉えようとする村上のパトスの産物である。ただし、様々なテーマが一見脈絡なしに次々に登場する本書にあっては、彼のパトスを追いかけることは容易ではない。やはり時間がなかったのだろうか、本書刊行の翌年に死去する彼には。刊行から10年余り、本書を名著と呼ぶべきか否かを決めるには、もうすこし時間がかかるのかもしれない。