『国家・共同体・教師の戦略』

松塚俊三他『国家・共同体・教師の戦略』(昭和堂、2006)
いただきもの。

(1)比較教育社会史研究会のメンバーの手になる論文集。国家とコミュニティの狭間で、教えることと学ぶことの関係に悩みながら、あれやこれやの戦略を選びとってきた教師の実践を、おもにミクロなレベルで描きだす。もっとも、各論文のあいだに有機的な連関はないので、いくつか興味深い指摘をピックアップしておこう。

(2)三時真貴子「教師の多様性と国家による整序化」は、19世紀イギリスにおける基礎学校の教員や教育方法をめぐり、2つのイメージが並存していたことに注意を促す。そこで引かれる

「ある校長たちは…彼ら(教員)が教えるだろう子ども達と同じような家庭出身であれば、子どもたちが望んでいる知識を十分に得ており、結果的に上層の家庭出身よりも子ども達に共感することができると考えていました。しかしながら別の校長たちは、長い目で見ればより高い社会階級出身者の方が相した利点以上のものをもたらすだろうと述べています」(120頁)

という証言から導出される、教育方法をめぐる「共感か感化か」という対立軸は、とても興味深い。

(3)もうひとつ、山田浩之「高等師範学校生のライフヒストリー」は、戦前日本の高等学校と高等師範学校で、教育内容はかわらないのに、生徒のハビトゥスがおおきく違っていたのはなぜか、という、興味深い問題を提示する。そして、彼は

進学する期間や将来の職業も明確に定まっていない高等学校生は多様な価値観によって社会化された。その一方で高等師範学校生はその社会化の方向が「良い」教師へと限定されていた(200頁)

と結論する。これもまたなかなか説得的である。