『嘘と貪欲』

大黒俊二『嘘と貪欲』(名古屋大学出版会、2006)
おすすめ(5400円+税、だが)。

(1)あっという間に新年度か。会議の嵐の狭間に学生運動家諸君のお相手をさせていただくという、楽しい一年になりそうである…というわけで、早くも現実逃避するべく、スコラ学のテクスト、説教文書、そして商人文書を分析しつつ、ヨーロッパ中世における経済活動のイメージを探ったこの本を読む。

  • 「利益」のイメージは、「嘘と貪欲」というマイナスイメージ、「必要と有益」というプラスイメージ、そして「貪欲」というプラスイメージ(マンデヴィル)へと、変化していった
  • 「利子、配当」を正当化する根拠としては、「時間」、「リスク」、「期待利益遺失」といったものが挙げられた

といった、じつに興味深い史実が次々に明らかにされ、面白い。この本で歴史学者たる大黒さんが明らかにした史実を、経済学者・経済史学者はどう料理するだろうか。

(2)13世紀のスコラ学者オリーヴィが著書『契約論』のなかで展開した「公正価格」と「共通善」の関係に関する所説について、大黒さんは

オリーヴィが公正価格を論じるにあたってなぜ共通善に頼ったのか、共通善がどうして公正価格の未知の領野を照らし出してくれるのか、という問いを立てた研究者はいない…。共通善を頼りに正しい価格の条件を探求するオリーヴィの思考は、ラテン語という言語の構造と密接に結びついている。言語構造に規定されながら論を展開するオリーヴィの姿は、『契約論』のラテン語原文を追うだけではよくみえてこない。そのラテン語を現代日本語という異質な言語におきかえようとするとき、鮮明な像を結ぶのである。逆に同じく翻訳といっても、語彙・文法規則ともにラテン語に近い近代西欧諸語の場合、その像はかえってぼやけてしまう。従来の研究者に、オリーヴィにおける公正価格と共通善の内的関連が意識されなかったのは、そのためではないかと思われる。いいかえれば、日本語はラテン語の議論に埋もれていた内的論理を浮き上がらせる解読格子の役割をはたすのである(64-5頁)

と指摘する。外国史研究が明確な意義を示しうる、本当に幸福な事例である。