『イギリス近現代女性史研究入門』

河村貞枝・今井けい編『イギリス近現代女性史研究入門』(青木書店、2006)
いただきもの(高田さん、サンクス)。

(1)「ジェンダー」概念の導入によって一躍発展した女性史研究であるが、この本は、19世紀以降のイギリスを対象とする女性史研究の来し方を回顧し、今後の研究プログラムを展望する。日本における女性史研究の創設者世代から、イギリスで博士号をとって帰ってきた新進気鋭世代まで21人が、教育、政治、家庭、労働、福祉、帝国といった多様なテーマを論じる。

(2)色々と学ばされることが多かったが、まず指を屈するべきは秋山麻美「辺縁としてのガヴァネス」か。ミドルクラス出身の女性家庭教師「ガヴァネス」について、秋山さんは

 家族にも使用人にも属さず、居場所がない。こうしたガヴァネスの問題は、ガヴァネスがジェンダー、階級、家族といった秩序のなかで、特殊な位置にあったことを示している。第一に、有給雇用は、「ミドルクラス」「女性」の規範を逸脱する。それは、男性の役割という意味ではジェンダーの境界を侵犯し、より下層の女性がすることという意味では、階級の境界を侵犯するからである。しかもガヴァネスは、すでにミドルクラスとしての経済的後ろ盾を失っており、目下の収入は使用人と同程度である。ガヴァネスは、ジェンダーと階級の秩序において、ミドルクラス女性でありながら、そこから逸脱しつづけることで、辺縁に位置づいている。
 第二に、彼女たちは家庭の辺縁に位置づいているともいえる。ガヴァネスのリスペクタビリティは、家庭内で仕事をすることにかかっている。その仕事は母親の代理であり、当然のことながら、生徒との間に、家族と同様の情緒的な関係を結ぶこともある。しかし、「家族」が使用人を含む「世帯」であることをやめ、結婚と血縁からなる核家族を意味するとき、ガヴァネスは、その一員ではありえない。その意味で、ガヴァネスは家族からも逸脱している。
 このように考えるとき、「ガヴァネス問題」は、ミドルクラス女性全体の困難そのものだったといえる。ドメスティシティリスペクタビリティへの固執は、ミドルクラス女性のアイデンティティを支えていた。しかしミドルクラスから転落する可能性は、常に誰にでもある。ガヴァネスとは、その変化を余儀なくされた女性たちが、「外部」へと転落するかわりに、かろうじてとどまる場所として設定されていた辺縁である。彼女たちはその辺縁において、「ミドルクラス」「女性」「家族」へとみずからを結びつけようとしていた。辺縁とは、曖昧かつ目障りな領域である。けれども、その辺縁におけるガヴァナスたちの固執こそは、「普通の」ミドルクラス女性の姿を映す影だったのである(57-8頁)

と述べる。ここには、「ジェンダー」という分析軸を導入することがアーギュメントの豊饒化につながりうることが、くっきりと表現されている。