『「知識人」の誕生』

クリストフ・シャルル『「知識人」の誕生』(白鳥義彦訳、藤原書店、2006、原著1990)

(1)ピエール・ブルデューの影響を受けた近代史学者の手になるフランス《知識人》成立史。19世紀末のフランスを激動させたドレフュス事件のなかで《知識人》という範疇が成立してくる過程をたどる。

(2)しばしば19世紀フランスは《財産と教養》にもとづくエリートの社会だったといわれる。この枠組みのなかで《知識人の成立》を説くとすると、一番簡単な解釈は、さしずめ「財産のステイタスが低下し、教養にもとづくエリートたる知識人の位置が相対的に上昇した」というものになるだろう。ところが、シャルルはこんな解釈を認めず、

ドレフュス派と反ドレフュス派の「知識人」のあいだでの闘争の背後に、政治的な意味での「知識人」と社会的な意味での「エリート」とのあいだの全体的な対立が展開している……。したがってこれは、支配者について、そしてこれにかかわる社会的支配の様式についての、正当な定義をめぐる闘争なのである(256頁)

と主張する。範疇としての《エリート》と《知識人》は次元が異なっており、《知識人の成立》は社会における階層構造を理解する際に用いられる参照枠組の変化のなせるわざだった、というわけだ。興味深い指摘である。

(3)なお

アンリ・ベランジェは……パリの2500人の医者たちのうち1200人は年収が8000フラン以下しかないことを述べ、これら低収入の医者を知的プロレタリアと見做している。しかし、8000フランという数字は高級官僚の月給に匹敵することがわかっている以上、低収入の基準をそこまで高いところに置くことには何の意味もないのだ(65-6頁)

という箇所は意味不明。誤訳か?