『世界史』

ウィリアム・マクニール『世界史』(増田義郎他訳、中央公論新社、2001、原著1999)

(1)いわずと知れた世界史概説の名著。遠い将来に予定されているらしい企画に備えて準備読書。とりあえず、全世界の全歴史を600ページでまとめるべく採られたアプローチをチェック。すると

 いついかなる時代にあっても、世界の諸文化間の均衡は、人間が他にぬきんでて魅力的で強力な文明を作りあげるのに成功したとき、その文明の中心から発する力によって攪乱される傾向がある……。そうした文明に隣接した人々、またさらにそれに隣接しあう人々は、じぶんたちの伝統的な生活様式を変えたいという気持ちを抱き、またいやが応でも変えさせられる。これは、技術や思想を率直に借用しておこなわれる場合もあるが、それよりも、いろいろなものを、その地域の条件にもっとスムーズに適応、変化させておこなわれる場合のほうが多い。
 時代が変わるにつれて、そのような世界に対する攪乱の焦点は変動した。したがって、世界史の各時代を見るには、まず最初にそうした攪乱が起こった中心、またはいくつかの中心について研究し、ついで世界の他の民族が、文化活動の第一次的中心に起こった革新について(しばしば二番煎じ三番煎じで)学びとり経験したものに、どう反応したかないしは反発したかを考察すればよいことになる。
 以上の見方に立つと、異なった文明間の地理的背景や接触の経路が、中心的な重要性を持つ(4頁)

とか

 紀元前500年から、紀元1500年までの約2000年間には、世界の文明生活の中心地のどれかひとつだけが、一頭地を抜きんでるということはまったくなかった。それ以前には中東が第1位を占めていて、近隣の諸地域や、さらにはその先の諸地域にも、時には遠い距離を越えて影響を及ぼしていた。中東の人々の送っている生活の様式が、他地域の人々の目には、自分たちがそれまで慣れ親しんできた生活様式に比べてはっきり立ちまさったものと映ったからである。だが、インド、ギリシャ、中国の文明が明確な形をとりはじめるにつれて、これらの文明の担い手たちは、中東に対して劣等感を感じることをやめ、このような異国の源から発する影響に無関心になった。そこで、縁辺諸地域では、未開の民が学ぶべき文明生活の手本はいくつも存在するということになり、彼らはその中から自由に選びとり、またしばしば見られたことだが、ひとつの文明の諸要素と別の文明の側面を混ぜあわせた……。
 旧大陸の主要な文明のおのおのは、2000年の間自律性を保ちつづけたのである。四者の間の関係は、いわばひとつの平衡状態と考えてよいだろう。なにか重大な混乱が生じれば、この関係をもとに組み立てられた他の部分も動揺したけれども、どれかひとつの文明が、全体の四すくみのバランスを根本から崩してしまうほどの規模と力に達したことは一度もなかった。
 とはいえ、世界の諸文明間のこの平衡状態が一連のいくつかの衝撃を受けたことも事実で、またそれがこの期間の世界史を大きくいくつかに区切っている。まず最初にギリシャ文明、第二にインド文明が、そのもとの境界を越えて遠くへ広がった。けれども中東のヘレニズム化にせよ、中国と日本のインド化にせよ、結局のところ単なる表面的で一時的な現象に過ぎないことがやがて明らかになった。どちらの場合にも、強い、その土地固有の力による反動がおこって、前の数世代が熱心に取り入れた異国の諸要素を、大部分振り捨ててしまった。そして三番目に、イスラムの勃興とそのうちつづく勢力進展のために、世界のバランスが今にも崩れようとする観を呈した。イスラムはまず、かつての中東、北アフリカ、スペインを席巻し(632-1000)、ついでインド、東欧、中央アジアへと拡大していった(1000-1453)。ヒンズー教のインドは結局政治的独立を失った(1565)。イスラム教徒の諸王や領主たちは、イスラム教への改宗者―主として低いカーストの出である―の協力を得て、ヒンズー教を拘束と強圧のもとに置いたが、このことはヒンズー教の以後の発展に深刻な影響を与えた。
 さらに四度目の混乱が生じた。今度はそれは西ヨーロッパから発し、ついにはこの地球上の文化的バランスを完全に破壊してしまった。このことが開始されたのは紀元1500年以後で、ヨーロッパ人の大事業精神がはじめて南北両アメリカを開発し、その他の地球上の居住可能な海岸線を探検し尽くした以後のことである。だが、真の意味で西欧世界が他の主要な文明に対する圧倒的な優勢を確立するのは、近々、1850年以降のことにすぎない。西欧の圧倒的優勢は、あらゆる非西欧社会の指導者が、否応なしに先祖代々のやり方を捨て、大昔からの文化的自律性を放棄して、西欧の技術を借用し、「近代化」の努力を、必死の勢いで開始せざるを得ない羽目に立ちいたったほど強力なものだった(153、156-7頁)

あたりが目にとまる。まとめると

  • 世界史は3つの時代に分けられる
  • 中心地は、まず中東、ついでヨーロッパである

ということになるだろうか…うーむ、大胆な。