Les historiens russes et la Revolution francaise apres le communisme

Vladislas Smirnov ed., Les historiens russes et la Revolution francaise apres le communisme (Paris : Societe des etudes robespierristes, 2003)

(1)JSTフォーラム「ニセ科学フォーラム」に参加するため週末に東京に出張した新幹線車内のおとも。フォーラムは(会場の空調が利くのが遅れて)暑かったが、マイナスイオンや「水からの伝言」についての知識が得られて有益だった。

(2)19世紀末から20世紀にかけて、ロシアではフランス革命史研究が盛んだった。つまり、ロシア革命前の帝政期には、フランス革命直前の旧体制末期フランスが、深刻な土地問題の存在という現象を共有する歴史的先達として、帝政ロシアの反面教師たるべき存在とみなされ、研究された。革命後のソヴィエト期には、フランス革命そのものが、ロシア革命の輝ける先達にして、そのくせ他方ではシア革命が打倒した資本主義を創出した事件として重視され、分析された。それでは、ポスト社会主義期のロシアでは、フランス革命研究はどうなっているのか。こんな観点から《ポスト社会主義世代》に属するロシア人フランス革命史研究者の論文を仏訳して編まれたのが、この本である。

(3)この変化を追いかけて本書の総論的な位置を占めるアレクサンドル・チュディノフ「フランス革命:ソヴィエト時代の研究史からロシア期時代の研究史へと《目的は変化している》」によれば、帝政期からソヴィエト期にかけて、ロシア人研究者は、アクチュアルな問題関心から、たとえば帝政期の農業問題・土地問題研究や、ソヴィエト期の(バブーフなど)ラディカル派研究など、フランス人研究者の水準を抜く(か、あるいはそれに伍する)オリジナルな研究をうんだ。これに対して、ポスト社会主義期に入ると、ロシア人研究者の関心は(社会主義に対する反発や忌避から)おおきく変化した。この変化を、本書の編者スミルノフは「下(民衆)かつ左(社会主義)」から「上(エリート)かつ右(自由主義)」へ、とまとめている(10頁)。

(3)しかし、ぼくの読後感は違う。むしろ、ロシア人研究者のオリジナリティが消滅し、いまや、ロシア人研究者は、フランスをはじめとする他の諸国の研究者と同じ土俵のうえで勝負することを選択した、あるいは勝負せざるをえなくなっている、と考えるべきである。それでは、その場合ロシアでフランス革命を研究することのアドバンテージは何か、といえば、それは、せいぜいが、ロシア外交文書をはじめとする在ロシア文書を利用するといったものでしかない(実際、本書でも、多くの論文が露仏外交史など、在ロシア文書を用いて論じうるテーマをとりあつかっている)。あるいは、チュディノフが紹介するゲルツェンの文言にあるような、フランス史の《他者》として客観的な分析が出来るというアドバンテージも、ないわけではないだろう。しかし、在ロシア文書の量はたかが知れているし、フランス史の《他者》というのだったら、アメリカ人もイギリス人も他者なのだから、ライバルは多い。というわけで、ロシアを研究のホームグラウンドとするとするロシア人研究者のアドバンテージは、ソヴィエトの崩壊を経て、きわめてもろい性格のものになってしまった。

(4)もちろんぼくはロシアには縁も所縁もないので、だからどうだということは全然ない。本書を読みながらぼくの念頭に浮かんでいたのは、日本を研究のホームグラウンドとする(ぼくもそうだが)日本人研究者は自らのアドバンテージをどこに見出せばよいかという問題だった……けだし当然の理であるわけだが。