『負け犬の遠吠え』

酒井順子『負け犬の遠吠え』(講談社講談社文庫、2006、初版2003)

(1)土曜日は社会経済史学会関東部会で、拙著『個人主義』をダシにした大塚史学三昧の半日。なんと(大塚久雄の一番弟子)関口尚志先生がいらっしゃり、大塚の知られざるエピソードから、拙著に対するめちゃくちゃきついコメントまで、厖大な知見を披露してくださった。ちなみに、先生の大塚理解に対して真っ向から異を唱えていた小林純さんや道重一郎さんのパワーには、感服。関口先生にお会いするのは本当に久しぶりだったが、打上げにおけるビールの(ガブ)飲み方まで含めて、なんであんなに元気なんだ?

(2)最終の新幹線でどうにか自宅に戻ったところ、『アンチ・オイディプス』における微分法の使い方について、本ブログの(数少ない)読者の方から、大略《盲信するのでもなく、バカにするのでもなく、その哲学史的な背景を探索するべきである》というコメントが、哲学史に関する具体的な知見とともに、メールで届いていた。
たしかに!! 
こういう反応があるのは有難いかぎりである……さっそくカッシーラー啓蒙主義の哲学』を注文。

(3)んでもって、週末のおともは『負け犬の遠吠え』。ハードカバーが発売されて時点で買って読んでいたが、文庫化されたので再読。ディーセントで上品な文体に、またしても感服……それと対照的に、「解説」で

負け犬論争がわき起こった時、ワイドショーで、チャリンコにのったボサボサ髪の主婦が「私たち勝ち犬は」と言うのを聞き、それこそヒッと叫んだことがある。酒井さんはこうした主婦など範ちゅうに入れていない。幅広い層がいる、などと口では言っているが世間向きにそうしているだけで、彼女の視野に入ってくる勝ち犬は、かつてお嬢さま学校で一緒だった同級生たちの姿であろう。「お金持ちの夫を得て子供のお受験にも成功して余裕のある専業主婦生活をしている人」「VERY」や「STORY」を読んでいる人ともある。そして負け犬にしても、酒井さんの考える負け犬というのは、地方の事務服を着た女性たちではない。丸の内、あるいは六本木ヒルズで働く名門系企業、外資系高級OLである。何よりも彼女が負け犬の生涯について書く時参考にしたのは、高学歴、高収入の一流出版社の女性編集者であったろう。つまり負け犬論争というのは、言いきってしまえば、都会のごく一部の恵まれた層を描いたもので、けっして日本全国の現象を普遍的にとらえたものではなかった(345-6頁)

と書いてしまう林真理子のハズシぶりが、なんというか、痛々しい。