「避けられぬ規制、監視強化」

小田中直樹「避けられぬ規制、監視強化」(『北海道新聞』連載「自由からの逃走2006夏」、2006年9月5日夕刊)のドラフトが、いまごろみつかった。なお、新聞掲載に際して改稿したので、掲載バージョンはこれとすっかり同じものではない…が、小学校の先生って大変だよなあ。

 今春一人娘が小学校に入学し、卒業以来三十年ぶりに小学校とつきあうようになった。「十年一昔」という計算からすれば三昔前のことになるから当然かもしれないが、小学校をとりまく環境の変化に一種のカルチュア・ショックを受ける毎日である。
 なによりも驚いたのは、PTAの活動でも、先生方との面談でも、あるいは娘がもちかえるプリントでも、児童の安全つまりセキュリティが大きなウェイトを占めていることだ。
 たとえば、帰宅した娘のランドセルからは、しばしば「不審者情報」のプリントが出てくる。プリントで描かれるケースのなかには、腕をつかんだとか、「車に乗らないか」と声をかけたとか、あきらかに不審なものもあった。その一方で、「おい小僧っ」と声をかけたとか、ふらふら歩いていたとか、不審か否かにわかには判断しがたいものもあった。
 そんな「不審者情報」だが、それでも、場合によっては、セキュリティを確保するべく、朝の登校時に教員が通学路に立つことになる。しかし、たしか、学区が安全なことでは市内でも指折りといわれる小学校だというのに。
 こんな事態を過剰反応と呼ぶ人もいるかもしれないが、登下校時のセキュリティが気にかかるひとりの父兄としては、とても学校の対応を嗤えない。もちろん(パリの一部地域では事実上義務化されているらしいが)父兄たるぼくが登下校に付添えばよいのかもしれないが、仕事をもつ身にはかなわぬこと。付添い人を雇えばよいだろうが、わが家の家計では夢のまた夢。 
 それでは、父兄や地域コミュニティが協力し、市民社会のレベルでセキュリティを維持するべきだろうか。たしかに、複数の人間が集まれば、個人よりは対応しやすそうに思える。
 かくして、PTAは登下校時のパトロールを行事化し、町内会は児童を見守るボランティア活動を呼びかけることになる。
 ただし、父兄にとっても、地域コミュニティのボランティアにとっても、いつも、そしていつまでも、パトロールをするのは、大変な負担である。さらにいえば、ここからは市民が相互に監視しあうという事態が出現するかもしれないが、それもちょっと不気味な話ではある。
 半世紀以上も前のことだが、第二次世界大戦直後の日本では、自己の利益をただしく計算する能力と、批判的精神と、そして社会的関心をかねそなえた、自由な個人からなる市民社会を成立させるべきことを説く所説が登場し、人口に膾炙した。いわゆる市民社会論、戦後啓蒙、あるいは近代主義とよばれる立場である。
 しかし、セキュリティとは、自由な個人のレベルでも、市民社会のレベルでも、十分には解決できない類いの問題なのではないだろうか。なにせ「カネで解決できる」一部の人々を除き、個人では十全に対応および解決できないわけだし。市民社会の力で解決しようとすると、一種「隣組」的な世の中が生まれてしまう危険があるわけだし。
 かくして、それでは警察にパトロールを依頼しよう、という意見がうまれ、父兄や教員や地域コミュニティのあいだに広まることになる。朝からパトロールカーがあちらこちらを巡回する光景が、ときどきみられるようになる。
 この事態に対しては、こんな曖昧な情報にもとづいて警察にパトロールを要請するなんて、監視や規律を担う権力の網の目の強化に手を貸しているにすぎないし、ぼくらの自由が存在する余地をせばめている、という批判もあるだろう。
 ただし、登下校時のセキュリティが父兄の関心事であるかぎり、さらには、ひろくセキュリティが人々の関心事であるかぎり、警察に依拠する心性が存続し、あるいは強まり、それが一部の自由を制約する方向にはたらくことは、ぼくには必定であるように思える。
 それでは、セキュリティと自由を両立させるにはどうすればよいか。この難問に答える用意はぼくにはないが、たぶん万能薬はなく、具体的な問題を一つひとつチェックすることから始めるしかないのだろう。――たとえば、ふらふら歩いていた「不審者」は、本当に「不審者」だったのだろうか。