『経済史入門』

神武庸四郎『経済史入門』(有斐閣、2006)

(1)一貫して独創的なアーギュメントを展開してきたことで知られる経済史学者の手になる経済史学の入門書。当然のことながら凡百の教科書とは一線を画し、二クラス・ルーマンの社会システム論を全面的に援用しながら論を進める(らしいが、ぼくの知識不足ゆえに「らしい」としかいえないところがなさけない)。さらにまた、四六版240ページのなかに厖大な情報が詰めこまれていて、読むものを驚かせる。

(2)それにしても、なかなか読みときがたい本ではある。たとえば

次のような架空の家族経済を考える。それは農業生産をおこなう家計とみなすことができる。次の仮定を置こう。
(1)1年間の農業生産量をX単位、家族全体の労働力をY単位とする。
(2)家族は10人で、7人が農業生産に、3人が家内労働に特化する。
(3)農業生産物の4割を蓄え、6割を年内に消費する。
このとき、次の連立方程式が成りたつ。
0.4X+0.7Y=X…(1)
0.6X+0.3Y=Y…(2)
(中略)
(1)式の左辺のXは「去年の」農業生産物(たとえば種もみ)を意味している。それが「今年の」労働力の7割を使って「今年の」農業生産物ができることを示したのが(1)式である。(2)式の左辺のXは「去年の」農業生産物(たとえば米)を示している。その6割を家族で食べて「今年の」労働力がつくられる。そのとき家族のうち3人は農業生産物を調理するなど、料理のためにいろいろな労働をして家族全員の「今年の」労働力をつくりだすサービスをしていることが0.3Yによって示される。
(中略)
要するに、家族が毎年おなじだけの農業生産物をつくり、おなじ労働力が毎年つかわれ、おなじ比率の蓄えと労働力配分が実行されている、と仮定されている。つまり「単純再生産」が仮定されているのである (162頁)

という説明がある。しかし、だ。

  • そもそも、農業生産量と労働力を合算できるというのが、にわかには信じがたい。単位はそろっているのだろうか。
  • もっとも、もしかすると、そろっているorそろえうるかもしれない。それでは方程式をみると、2つの方程式は、Xを左辺に、Yを右辺にそろえ、10(または-10)倍すれば、どちらも「6X=7Y」になる。したがってこの連列方程式には解がないことになるが、それでよいのだろうか。
  • もちろん、連立方程式に解がないとしても、それだけでただちに問題があるというわけではない。それでは、この連立方程式は「単純再生産」を表現しているということであるが、解がない連立方程式はいかにして「単純再生産」を表現しうるのだろうか。あるいはまた、単純再生産は連立方程式で表現しうるor表現するべきなのだろうか。

こういった疑問が次々にわいてくる布団の中。

(3)もっとも、神武さんによれば

最近は学生による授業評価が各大学で制度化されているが、本書はその意味で経済史の講義を担当する教員の評価にとっても有効であろう。というのは、かれが経済学についてある程度まとまった予備知識をもっているのでなければ、本書を教科書として活用し講義に役立てることはできないだろうからである。とはいっても、その場合の予備知識というのは経済学部に所属する教員であれば当然習得しておかなくてはならない程度のものにすぎない。教員もまた教育上必要な意識について、その習得にたえずこころがけなくてはならない時代になったのだということを、教員自身が自覚すべきであろう(はしがき)

ということだそうだから、こういった疑問を呈することは、もしかすると自分の首を絞めるようなものなのかもしれない…頭の痛いところである。


[追記]稲葉くんのコメントを受けて、上記文中の「解がない」を「一意に定まる解がない」に修正しなければなりません…うーむ、やはり学力不足は否みがたいですね。