フランス滞在10日目

8月26日(火)
朝からADIVでパシャパシャと写真を撮っていると、「よっsalut」という声がする。誰かと思ったらジャン・ルビアンだった。イル・エ・ヴィレヌ県にあるヴィトレVitre市の市史プロジェクトが進んでおり、その原稿を書く準備のために今週一杯はADIVで仕事をするとのことだった。そんなわけで昼食は……当然ながら近くのパン屋でサンドイッチを買い、かじりながらADIVに戻ってすますというジャンにつきあう次第と相成った。うーむ、なんでこっちの若いもんはこんなに粗食なのかね、まったく。そんなんじゃ丈夫な体にならんぞ、きみ。
昼食のあと(自動販売機の40サンチームの)コーヒーを飲んでいるとき、ジャンに別の歴史学者を紹介された。ここのところADIVでよく見かける顔だと思っていたが、ゴティエ・オベールGauthier Aubertというレンヌ第2大学の準教授で、そういえば3月のビニク・セミナーrencontre de Binicで会っていたような気がしないでもない。
問題はここから。
ジャンいわく「彼はモデルニストmodernisteだよ」。「モデルニスト」とは、その名のとおり、「近代史」の専門家ということだ。それでは「近代史」とはいつのことか。日本では、すごーーーく大雑把にいうと、近代の出発点については、「大航海時代宗教改革ルネサンス」という説と、「産業革命&市民革命」という説の2つがある。ただし、前者の場合でも、「大航海時代宗教改革ルネサンス」から「産業革命&市民革命」までのあいだは「近世/初期近代early modern」とよび、それ以後の(本格的な)近代と区別することが多い。そして、20世紀に入って第1次世界大戦とか第2次世界大戦あたりからあとが「現代」とよばれることになる。
ところがところが、フランスは違うんだね、これが。
フランスでは、フランス革命「以前」の、日本では絶対王政とか主権国家体制とか、まぁそんな風によばれてきた時代が、語の真の意味の「近代」なのだ。だから「モデルニスト」というのは、日本語では「フランス近世史研究者」に相当する。これに対してフランス革命以後は現代temps contemporainになるが、しかしまあ、この2世紀がぜ〜〜〜んぶ「現代」とは、そりゃまたラフなことで……というイヤミはおいておき、フランス革命を「近代の開始を告げる輝かしき事件」と教えてきたぼくの立場は、一体どうなるんでしょうか。
歴史をいくつかの「時代」に区切ることを「時代区分」とよびならわすが、かくのごとく、時代区分は文化によって異なる。そして、おのおのの時代区分の背景には、それなりの理由がある。日本でフランス革命以後を「近代」と呼んできたことにも、フランスで旧体制を「近代」と呼んできたことにも、おのおの動機がある。日本で第2次世界大戦後を「現代」と呼ぶことにも、フランスでフランス革命後を「現代」とよぶことにも、おのおの理屈がある。それがどんなものかについては、ここでは詳述できない……っていうか、ぼくの手に余ります。
今日の教訓:野菜をとらにゃいけんぞ、野菜を。