フランス滞在16日目

2月16日(月)
これまで敬して遠ざけていた資料に、イル・エ・ヴィレヌ県議会の議事録がある。以前(2000年)レンヌに長期滞在したとき、レンヌ市文書館に通ってレンヌ市議会の議事録を読んでいたのだが、手書きのニョロニョロ文字だし、内容は(「どこどこ地区のだれだれがどーした」とかいうような細かい話題が多くて)よくわからないし、そのうち体調を崩すしで、議会議事録にはよい思い出がない……という、わかったようなわからないような理由からである。しかし、今回は、時間的にちょうどナイス(死語)だし、内容的にもいずれ必要になるかもしれないということもあり、意を決して第二帝政期(1852-1870)の県議会議事録の閲覧を請求した。


ところがっ!!


なんとこれが

  • 印刷されている……ニョロニョロ手書き文字じゃなくてラッキーっ!!
  • 一年分で大体400から600ページある……分量が多すぎてアンラッキーっ!!

ことが判明。平均で500ページとして、見開きだから一年分で250枚の写真をデジカメで撮影するという計算になる。それが約20年分ということは……合計で5000枚っ!! あと5日しかないというのに、今ごろになってそんなことがわかるとは、うーむ。
というわけで、今日は撮影マシンと化して、まずは9年分、ほぼ2000枚の写真を撮る。そんなこんな、いつも以上に頭をつかわずに体をつかった一日……はこれで終わらず、15時にはレンヌ第2大学に転戦。同大学に拠点が置かれているフランス国立科学研究センター付設西部歴史研究センターCERHIOの図書館に出向き、そこに所蔵されている(というか、そこにしか所蔵されていない)修士論文をチェックするというしごとが(土曜日のワーキングランチの結果、天から)ふってきていたのである。


ところがっ!!


なんと今日から同大学は一週間の冬休みで、ドアというドアはすべて施錠されていて、カードキーをもっていないと入れない、ということになっていた。図書館は開いているのに、図書館がある建物に入れない、というのは、まさにこれカフカ(可不可?)的不条理。しかし、天は自ら助くるものを助く(?)もので、建物の周りをウロウロしていたら、ちょうどタバコを一服しに外に出てきた院生が(普通だったら「ヘンなアジア人が徘徊してるんじゃない?」と怪しむものを)「カードキーをもってるから、一緒に入りましょう」と言ってくれたではないか!! 


オー・マイ・ゴッデス(女子院生だったので)!!


助かった。図書館に行ったら、司書のロナン・ドネールRonan Donnerhが、大略「見たい修士論文は全部貸してあげるから、宿にもってって読みなよ」。面倒な手続は、それどころか手続なるものは一切なし、さすがはCERHIOの事実上のドン、太っ腹である。この親切なる手続の本当の理由は、邪推しようとすれば色々と出来る……が、それは措いておいて、有難や有難や。