フランス滞在18日目

2月18日(水)
昨日で県議会議事録という大物をやっつけたので、今日から郡(arrondissement)議会議事録(ADIVではsous-serie 2N)に入る。
ご存知の方はご存知かと思うが、フランスの地方自治体は、小さいほうから市町村(コミューン、commune)、小郡(カントン、canton)、郡、県(departement)、そして地域圏(region)となる。このうち地域圏は、ぼくが勉強している第二帝制期(1852-1870)には、まだ存在していなかった。そして市町村には市町村長(maire)、県庁所在地を主邑とする郡以外の郡には郡長(副知事、sous-prefet、県庁所在地を主邑とする郡のトップは言うまでもなく知事である)、県には知事が置かれた。彼らは、今日の日本と違って、政府(皇帝、県知事)が任命する公務員である。これに対して、彼らからなる官僚機構に対応する議会組織として、市町村には市町村議会、郡には郡議会、そして県には県議会が置かれた。それにしても、こうしてみると小郡には官僚機構の長も議会もなかったことがわかる。小郡の影の薄さがひときわ目立つのは、ぼくの気のせいだろうか。きみは何のために存在するのか、小郡?
これら議会のうち、もっともわけがわからん存在が郡議会である。イル・エ・ヴィレヌ県をみると、第二帝制期には6つの郡(レンヌ、モンフォール、ルドン、フジェール、ヴィトレ、サンマロ)があったが、ほとんどの郡では郡議会は年に一日(!)しか開かれず、そこでは

  • 郡長が年次報告をおこなう。
  • それをもとにした議論が、議員のあいだでちょっと展開される。
  • 意見がまとまったら「意見書」として知事に提出する。

といった営みがなされた。
そんなわけで「郡議会議事録の分量なんて…」とバカにしていたのだが、そうは問屋がなんとやら。問題は、郡長が作成する年次報告にある。大抵の場合、年次報告書だけが残存していて、たいしたページ数ではないのだが、モンフォール郡については、ずいぶんと几帳面な郡長だったのか、それともなにか幸運のなせるわざか、年次報告書の作成プロセスがほぼわかるほど多種多様な資料が残存していることがわかった。それはそれで慶賀するべきことではあるのだが、これはつまり撮影する分量が多いことを意味するわけで……予定していたしごとが終わらなかった。


疲れた、もーダメ。寝る。