ディジョン滞在26日目

2月19日(金)
朝から撮影マシンと化す金曜日。今日の目標は8年分、約3000枚である。
……
結局16:40までねばって9年分、2700枚だった。まずは満足である。
ここADCOにはロラン・レノー(Laurent Raynaud)というベテラン職員さんがいる。レノー氏は大の親日家で、色々と便宜を図ってくれて大変ありがたいのだが、なんと今日は館長さんに会わせてくれた。ADCO館長はジェラール・モイズ(Gerard Moyse)氏。当初のレノー氏の話では「5分ぐらい表敬訪問してみようか」ということだったのが、なんだかんだと20分ほど話し込んでしまった。
モイズ館長の話は、

  • ADCOは手狭だが、資料所蔵庫のアネックスを近く(とはいっても車で15分)に設置することによって、とりあえずしのいでいる。職員は行ったり来たりで大変だが、いまのところどうにかなっている。
  • リヨンやトゥールやオルレアンのように、本館と別館に分けて各々に閲覧室を設ける、という方法もあるが、それは閲覧者にとって不便なので、ADCOでは採用する気はない。
  • ただし、戦後史資料が大量にやってくるので、所蔵庫(おそらくアネックス)は拡張せざるをえないだろう。すでに計画は始まっている。
  • 数年前に比べて、閲覧者の数が減っている。その背景には、小教区簿冊をはじめとする一部資料がオンライン化されたことによって先祖系譜図探索家(genealogiste)が来館しなくなったことと、大学生の歴史離れが進んでいること(「職につながらないしね」)があると思う。
  • ま、いずれ移転計画が持ち上がるかもしれないが、県予算(県文書館は県立である)のうえで文書館の位置は低いため、いつになることか。
  • (文書館は中心市街地にあるほうが便利でよいというぼくの感想に対して)しかし、郊外からやってくる閲覧者にとっては、車を止めるのが難しいという問題がある。大切なのは公共交通機関によるアクセスの容易さだろう。

といった、きわめて理論整然たる、かつ興味深いものだった。スマートな物腰、温和な話しぶり、最近は聞かなくなった「知識人」という言葉がぴったり来るアーキヴィストである。