【3/20】2011仙台ドタバタ記・復活。

余震と風評被害が続くなか、皆さまにはいかがおすごしでしょうか。
3月11日の地震に際しては色々とご心配いただき、ありがとうございました。仙台は、沿岸部=東部は依然として惨憺たる状況ですが、北西部にある我が家は食器ひとつ割れず、自宅にいたぼくは、ラジオを聴くまでは事態の重要性を理解できませんでした。二日後には電気と水道が復旧し、オール電化なので、ほぼ通常生活です。

もっとも、大学の研究室は「本のカーペット」と化していました……が、このステキなカーペットの上をバシバシ歩くという、文系研究者にあるまじき行為を敢行したら、半日で片付きました。おまけに入試も卒業式も入学式もなくなるわ、春休みは1か月のびるわ、職場がガスエアコンシステム(ガスが復旧するのいつのことか・・・その前に桜が咲きそう)で寒いわで、オートマチックに「自主自宅待機」を決定し、出勤するのは会議があるときだけ、あとは避難所になっている娘の小学校の手伝いをするか、自宅でしごとをするかの毎日です。

そうはいっても、仙台の中心部は、開いているスーパーの前には行列ができ、道行く人々は買出し用のリュックを背負い、大学病院などにはけが人が各地からドクターヘリで転送されてくるという・・・おお、まるで「戦後」みたいだ。ということは、これからはいよいよ、われらが「戦後啓蒙」の時代でしょうか? いやいや、冗談は抜きにして、東部、さらには仙台市以外の沿岸部は、まだ「戦時」です。まあ「戦後啓蒙」は措いておきましょう。