【3/28】現場の力

【追記】
ちなみに、布団運びボラの大部分は、近くにあった日本語学校の寮から避難してきた中国人留学生だった。モンクも言わずに布団を運んでくれた彼らの姿を、ぼくは忘れない。ぼくが「三条中避難所中国人略奪デマ」を聞いて脊髄反射的に怒り心頭に発したのは、そのせいでもある(もうひとつは、三条中に避難していた「中国人」の大部分は、ぼくの勤務先の留学生だった、という理由)。
【本題】
わが娘の小学校に設置されていた避難所も、昨日の夕方をもって閉鎖されたという連絡が入った。また復興期に一歩近づいたことになる。これを機会に、避難所のお手伝い=受付係+αとしてもっともドタバタしていた震災直後の数日に出会い、心に残った人のことを、ここで書きとどめておこう。
あれは震災翌日のことだったろうか。ひょっこりと、ひとりの中年男性が「なにかお役にたてれば・・・」といってやってきた。聞けば「自営業だし、自宅はあまり被害がないので・・・」という。避難所運営側(以下〈運営」)は、手伝ってくださる人は一人でも多い方がよいので、よろしく、ということになった。ボランティア1号(以下「ボラ1号」)である。
さて震災後数日間の避難所でもっとも困ったのは「寒さ」である。小学校はとにかく寒いものと相場が決まっているが、かててくわえて娘の小学校は(構造上、体育館ではなく)教室に避難者を泊めることになった。「あの」リノリウムの床にブルーシートを敷き、「市指定避難所」として配給されていた毛布にくるまって眠・・・れるわけないじゃないか、寒くて!! しかも、灯油が少ないのでストーブは廊下に点々としか置けず、毛布でさえも全員には行き渡らないのである。さてどうするか、と、運営があたまを抱えていたときのこと。

  • 運営:さて、どうしようか。全員分の毛布はないしなあ。
  • 別の運営:段ボールでも探しにゆきますか。
  • ボラ1号:避難者さんに、明るいうちに、自宅から布団や毛布を運んできてもらいましょうよ。
  • 運営:なるほど、そりゃそうだ。しかし、だよ。避難者にはお年寄りが結構多いぞ。彼らは布団を運べないんじゃないか?
  • ボラ1号:若い避難者さんのなかから、布団運びボラを募ればいいんですよ。
  • 運営:なるほど、そりゃそうだ。しかし、だよ。他人の家に入るってのは、マズイんじゃないか?
  • ボラ1号:それじゃ一緒に行けばいいんですよ。お年寄りと組んで行って、布団運びだけ手伝う。
  • 運営:なるほど、そりゃそうだ。しかし、だよ。手伝ってくれるボラさんをどうやってみつけるんだ?
  • ボラ1号:ぼくが声をかけて探してきますよ。んじゃ、行ってきます。

さっさと立ち上がったボラ1号さんは、あちこちの教室を回って布団運びボラをかき集め、今度は布団を運んでもらいたい避難者を彼らに探させ、あっという間に任務を遂行した。かくして、その夜から、配給毛布は余ることになったのだった。
もちろん布団だけですべてが解決するわけではないが、それにしてもあの手際、頭の回転、腰の軽さ・・・脱帽のひとことに尽きる。「現場の力」という言葉を聞くときぼくの脳裏に浮かぶ光景のひとつは、痩身にリュックを背負った彼の姿である(ちなみに「彼」が「ぼく」じゃないところが、個人的には残念なのだが)。