【4/9】たかが余震、されど余震。

【追記】
そんなわけで、宮城県(というよりは、とりわけ、行政機能が停止してるわけでもないのに、義捐金配分の基礎となるデータを数日前まで出してなかった仙台市)、とっとと義捐金を配分しろーっ・・・って、どーせぼくには来ないけど。市町村に対する義捐金配分の割合なんて、とりあえず目分量でいけばいいじゃんか!! どっちみち再度配分する機会がきっと来るんだからさ。そんなにノロノロしてるなんて、ノロウィルスにでもかかったか?(下手なシャレ)
【本題】
7日の余震は、寝入りばなを襲うという、じつに卑怯(・・・)な、地震の風上にも置けない輩(?)だった。おかげで昨日は睡眠不足となってしまって「自主自宅待機」を選択し、ようやく今日、また「本のカーペット」をみられるのかと思い、ワクワクドキドキしながら登校。しかしながら、しょせん余震は余震(カラ元気)で、本震の半分ぐらいのカーペットしかなかった。90分で片づけを終わり、勝利のポーズ。たかが余震である。


しかし、である。


研究室の壁際の本棚はもともと耐震のためにボルト固定されていたが、本震を受けて3月末にボルトを増強してもらった。ところが、今日みてみたら、そのボルトが抜けているではないか!! あれま、またボルト増強を頼むことになるんだろう(ちなみに問題は、ボルトの強度や増強工事ではなく、壁が弱いところにある)。
そんなわけで、被害は大したことないが、ちょっと「徒労感」を感じる。部分開通していたJR在来線も線路点検のため再度全線が止まり、月末に予定されていた新幹線全線開通も多分延期されるだろう。せっかく進んでいた都市ガス開通も、遅れたり、場所によっては(余震被害のため)再度止められている。
「シジフォスの岩」にも似たこの徒労感。されど余震ってところか。
この感覚は、ぼくの場合は大したことないので笑い話+αですんでいるが、復興に携わるorいまだに避難所で苦労している人々を支えている希望をじわじわと蝕むのではないだろうか・・・そんなことを危惧する週末。
ハックション!! 研究室のホコリがすごいが、これは掃除をサボってきたツケだろう。福島原発対策を兼ねて(<--気分の問題)マスクをしなきゃならんな、こりゃ。

人間に必要なのは、いのちと、希望と、そしてちょっとのおカネである。