【4/11】Ça ira!

震災から一か月。長いような短いような、不思議な時間感覚を伴った日々だった。まだまだ「平時」には遠いが、ぼくとしては(デカい余余震さえ来なければ)ひと段落、言いたいことは言ったし、「戦時」から「戦後」にかけて出来ることは出来る範囲でやったという気がしている。次のステージである「復興期」になにが出来るのか、ネット上でくりひろげられている躁鬱気味の喧騒をはなれて、ゆっくり考えてみたい(ちなみに娘の小学校も今日が始業式、本人いわく「長い春休みだった」そうだ)。
そんなわけで、「2011仙台ドタバタ記」はこれにて一件落着としよう。

Ça ira!

(「サ・イラ」。フランス語で「どうにかなるって」)の言葉とともに、いずれ、また、ぜひ。
そうだ、最後に、3/24に娘の小学校の卒業式で披露し、列席していた来賓さんから「仙台市議会議員選挙の立候補所信表明演説みたい」と呆れられた「PTA会長・おいわいの言葉」でしめることにしようか。

67人の6年生のみなさん、卒業おめでとうございます。全員が無事にそろって卒業式を迎えることが出来たことを、心からうれしく思います。みなさんは本当にラッキーです。
「ラッキー」という言葉には、2つの意味があります。
まず「ツキ」があるということです。仙台市内だけをみても、全員が無事に卒業できた小学校は、決して多くはないでしょう。これからも、この「ツキ」を手放さずにくらしてほしいと思います。
もうひとつ、「ラッキー」という言葉には「偶然」という意味があります。もしもみなさんのお父さんやお母さんが、別の場所に家を買ったり借りたりしていたら、今日という日はまったく違ったものになっていたかもしれません。みなさんは、家族をはじめとする周りの人々に支えられ、生かされているのです。そのことに対する感謝の気持ちを忘れずにいてほしいと思います。
ここからは保護者のみなさんにお話をします。


保護者のみなさま、本日はお子さまのご卒業、まことにおめでとうございました。心からお祝いもうしあげます。震災という未曽有の災害のなかで、家庭・家族を守ろうというみなさまの強い意志と、卒業式を挙行しようという先生方の文字通り不眠不休のご尽力により、今日を迎えることが出来たことを、本当にうれしく思います。
かえりみると、今から三十数年前、宮城県沖地震がありました。当時わたしは市内の中学3年生でしたが、この先どうなるのか、まったく見当がつきませんでした。そのさらに三十数年前には、仙台大空襲がありました。当然わたしが生まれる前のことですが、当時の仙台市民の大多数は、きっと絶望感に襲われたことだろうと思います。
しかしながら、そのたびに仙台は復興し、以前よりもくらしやすい街となってまいりました。
今回はわたしたちの番です。震災以前よりもくらしやすい街をつくりあげ、次の世代に手渡すことは、わたしたちの希望でもあり、義務でもあります。みなさまも、そして同じく小学生の子供をもつわたしも、それぞれの持ち場で、復興のために出来ることを出来る範囲で進めてゆきたい・・・本日の式に列席しつつ、そのようなことを感じておりました。あらためて、お子さまのご卒業をお祝いもうしあげます。


さて6年生のみなさん、未来はみなさんのものです。しかし、未来を切り開き、未来を築きあげるには、いまの皆さんでは、はっきりいって力不足です。当たり前です、12歳ですからね。まずは中学校の3年間、死に物狂いで勉強してください。そして、強い心、強い体、強い頭をもった大人になってください。日本人の平均寿命は大体80歳ですから、みなさんには70年の未来があります。この70年という長い時間を、みなさんがもっているツキを手放さず、周りの人々に対する感謝の気持ちを忘れず、すごしていってほしいと思います。
あらためて、卒業おめでとうございました。みなさんの未来が、涙と笑顔と、そしてなによりも幸せにみちあふれたものとなることを願い、祈り、お祝いの言葉といたします。
ありがとうございました。