モンペリエ滞在5日目

8月27日(土)
19世紀フランスは「カトリックリバイバル」の世紀だった。フランス革命を経て宗教その他の非論理的な現象を排した合理的な「近代社会」が出来上がるというフランス史のイメージからすれば意外かもしれないが、反宗教的な啓蒙思想から「新しい宗教」を浸透させるべくカトリック教会を弾圧したフランス革命期の宗教政策に至る動向に対する反動なのか、王政復古以後のフランスでは、保守派エリートの次元だけではなく、民衆の次元でも宗教心が高まるという現象がみられた。これが「カトリックリバイバル」であるが、その特徴はキリストや神ではなく聖母マリアに対する信仰が広まったことにある。そして、マリア信仰の頂点をなす事件といえば、それは「ルルド」だろう。
第二帝制半ばの1858年、ピレネー山脈のふもとにある田舎町ルルドで、貧しい少女ベルナデット・スビルが「マリア様に会った」と告白した。4年の調査を経て、カトリック教会は告白が真実であると結論付けた。ベルナデットがマリアに会った洞窟からは泉がわきだしていたが、その水は万病をなおす=奇跡をもたらすといわれるようになり、世界各地から巡礼者が訪れることになった。
第二帝制を研究するものの端くれとしては、なんでこの時期に?、とか、なんでルルドに?、とかいった疑問が澎湃としてわきおこるのを止められない以上、ルルドは「マスト」だろう・・・というわけで、今日はルルドに日帰り旅行。片道4時間&現地滞在5時間の強行軍である。洞窟の上に建てられたノートルダム寺院は「派手」の一言(江の島みたい)だったが、奇跡の妥当性の如何は措いておき、奇跡を願うさまざまに病んだ人々が真摯な顔で集っているのをみて、クリスチャンではないぼくも思わず襟を正した一瞬ではあった・・・が、水は美味しくなかった。
それにしてもルルド、フランス語よりイタリア語が耳に入ってくるのは、やはり国民的信仰心の差なのだろうか。