百聞は一見にしかず

震災一周年を前にして、石巻市立大川小学校敷地を訪れる機会があり、花を手向けてきた。2月にリサーチでモンペリエ(フランス)を訪問した際に同地の震災復興支援団体「Solidarite Japon 34」から預かった寄せ書きを、同校の隣校にあたる飯野川第二小学校に届けに行った帰りのことである。
今回の震災では、宮城県南三陸町の防災庁舎、岩手県宮古市田老の防波堤(通称「万里の長城」)、そしてF1など、いくつかのアイコンが人口に膾炙したが、大川小学校は、そのひとつにして、もっとも悲劇的なものである・・・が、ここで生じた史実の具体的内容については省略。
この悲劇については、大略「すぐに裏山に逃げれば助かった」という類いの、教職員の判断ミスを強調する意見が聞かれる。しかし、同校敷地(現在、同校自体は、10キロほど離れた飯野川第一小学校に間借りして開校されている)を実際にみてみると、事態はそれほど単純ではなかったのではないか、という気がしてくる。
たしかに同校は、新北上川に面し、すぐ裏は山である。新北上川は、河口付近なので、かなりの川幅がある。そして、教職員が子供たちを避難させようとした橋のたもとの三角地帯というのは、本当にちょっと小高い丘にすぎず、しかも堤防のうえ=川の目の前である。どう考えても裏山の方が安全なことは否めない。
しかし、今回現地を訪問してみて驚いたのは、裏山の急峻さである。ほとんどガケ。一面木に覆われ、当然ながら道はない。これを登れというのは、子供にはけっこう難しいかもしれない。教職員の判断も、これでは困難なものになるだろうなあ、というのが、ぼくの率直な感想だった。


・・・かくのごとく、百聞は一見にしかず。読者諸賢には、ぜひ「現地」でアイコンをみてほしい。
その目で。
そして、判断し、発信し、行動してほしい。


明日(3月10日)は『災害ユートピア』で知られるアメリカのジャーナリスト、レベッカ・ソルニットが仙台に来るので、そのアテンドをちょっと手伝うことになっている。そして明後日(11日)は、静かに過ごすことになるだろう。今年も天気が崩れそうだが、震災の日の夕方から降り出した雪のことは忘れられない。