タイム・フライズ

20日は近藤和彦さん(東大文学部西洋史学科、近世イギリス史)の退職祝賀行事があり、本郷に出かけてきた。
ちょっと早めの新幹線に乗り、上野は国立博物館で開催中の「ボストン美術館展」をみてから参加するはずが、気づいたら隣の科学博物館の「インカ帝国展」にすいこまれていた。われながら日本美術に関心のない即物的な人間であることに、あらためて気づかされた。しかしこの「インカ帝国展」、素晴らしぃぃぃぃぃく学術的=ジミな内容であるにもかかわらず、「マチュピチュ発見100周年」という謳い文句の引力はすさまじく、場内は子連れの観客で、7時30分西部池袋線所沢駅上りホームぐらいの混雑ぶり(なんだそりゃ?)。しかし、16世紀アンデス地方で使われた「鋤」とか、はたして子どもが見て面白い……のかもしれない。子どもの力をバカにしてはいけないのである。
そのあと大学から大学院にかけてビンボー生活7年間をすごしたなつかしの根津界隈を歩き、近藤さんの最終講義を聞き、退職祝賀パーティ。近藤さんとはじめてお会いしたのは1988年の大学院遅塚ゼミだっただろうか。近藤さんは当時40歳、今のぼくよりはるかに若かったことになる。あれから24年、まこと「Time flies(少年=ぼく、易老学難成)」を実感しつつ最終の「はやぶさ」にとびのった春の日の一コマである。


近藤さんの最終講義を聞いて興味深かったのは、柴田三千雄先生から受けた影響の大きさと柴田先生の業績の重要性を強調していたことだった。たしかに柴田先生の『近代世界と民衆運動』(岩波書店、1983)は、刊行から30年近くを経て、いまだにだれもその全貌を理解/把握していない孤高の著であるといってよい(根拠レスな断言)。こういう本を書かれるのって、まったくもって、あとに続くものにとっては困ったことである。ちなみに教育者としての柴田先生のイメージは「『近代世界と民衆運動』前」と「同・後」に二分される(「前」はカミソリのように怖く、「後」は好々爺の如し)というのは、これは歴然たる史的事実、というよりも真実である、と断言しても許されるだろう。