牧野智和を読む年度末

2011年度の最終日である・・・が、ぼくは職場も仕事も役職(学長の交代に伴って名称はかわるらしいが、やることは変化なし、ついでにお手当てがつかないことも変化なし)もまったく変化しない予定なので、あまり感慨はない。あえて「変化」といえば、娘たちが東京に遊びに行ったので、久々に独りさびしく料理をしていることぐらいだろうか。
そうはいっても先日卒業生を送り出し、来週は入学式があって新入生がやってくる。まこと「年年歳歳花相似、歳歳年年人不同」。そんななか、卒業生と新入生のあいだにはさまれた在学生のうち、学部3年生は就職活動の真っ只中。最近はぼくもゼミ生からエントリシートの添削をはじめとして就職活動関係の相談を受けるようになったが、なにせ

  • 一貫して社会人とは言いがたい職種(=大学教師)で社会人生活をしている。
  • 学生時代、ほとんど就職活動をしなかった。一度だけ、友人のつきあいで地元銀行の東京支店を訪問したことがあるが、スーツを着ずにでかけたうえ、迎えてくれた行員さんに「おたくの銀行は地元で態度がデカいと評判ですが、大丈夫ですか?」などと高飛車な質問を連発・・・マジかよ。
  • そもそもバブルが始まるころで「売り手市場」、放っておいても先方から電話が来た。某長信銀とか、某鉄鋼メーカーとか、某都銀とか、とつぜん電話をくれたなあ(遠い目)。

というわけで、まったく役に立たない。だいたいエントリシートなんてなかったし。
それにしても、である。ゼミ生につきあってエントリシートをみると、まあメンドイことメンドイこと。自分の夢やら性格やら長所やらエピソードやら短所やら・・・ぼくだったらクシャクシャ丸めてゴミ箱にポイしたくなる類いのものである。ちなみに大学教師の採用にこの手のエントリシートを導入したら、けっこうな割合で「全員落第、候補なし」になるんじゃなかろうか。
そして、就職活動のキーワードといえば「企業研究」と「自己分析」。前者はぼくらのころもあったから良いとして、後者は、わからん。なんで自己を分析せにゃならんのだ?、おれらのころはなかったぞ、そんなコトバ、だいたい自分は自分だろーが・・・とモヤモヤしていたところ、

牧野智和『自己啓発の時代』(勁草書房、2012)

を読んで、目からウロコ。博士論文だからなのか、著者の性格の反映なのか、奥ゆかしすぎるところが散見されてもったいないが、要するに「自己への配慮」((c)フーコー、本書では「自己のテクノロジー」)の時代の一側面ってわけか、この「自己分析」ブームは。
そんな『自己啓発の時代』、一歩ひいた地点から就職活動をみるために、じつに有益な一書である・・・が、就職活動中の学生諸君には、就職活動が終わってから読むことをお勧めしたい。エントリシートをクシャクシャ丸めてゴミ箱にポイしたくなるからね、きっと。