入学式(その2)

今日は娘の中学校入学式。自分の母校に娘が入学した姿をみるのは、これは、なんともいえないものではあった。拙著『ライブ・合理的選択論』(勁草書房、2010)で娘の名前をもじったフランス人の主人公(「おだなか・みゆ」==>「おだなか・みーゆ」==>「おだな・かみーゆ」==>「かみーゆ・おだな」==>「カミーユ・オダナ」==>「Camille Hodanat」)を登場させるに至って「親バカ」を超越した「バカ親」と化した感があるぼくは、当然のごとく保護者席の最前列に陣取ったのであった。


そういえば、この「バカ親」企画(編集していただいた徳田さんと鈴木さん、もうしわけない!!)であるが、偶々「Yggdrasill」さんなる方から

ちなみに著者の娘の名前は小田中美有、こたな「カミユ」でカミーユ・・・黄色いサルがフランス人を気取ることほど滑稽なことはない。

という評価 を受けていたことを知る。うーむ、ジョークというか「バカ親の職権乱用」が通じないとは、これでは「《人気ラノベ作家になって極楽印税生活》へのみち」は、はてしなく遠い・・・のはどーでもいいとして、あのぉぼく「おだなか」で「こたなか」じゃないんですけど。


なお、入学式では当然ながら「国歌斉唱」があったが、最近の風潮に抗うべく歌わなかったのは、たぶんぼくだけではなかったはずだ(と信じたい)。

歌というのは強制されて歌うもんじゃない。できれば一杯飲んで、いい気分になって、おもわず口をついてしまう類のものなのである。