史学史三昧の週末

昨日は二宮宏之著作集刊行記念シンポジウムat東京外国語大学。今日はセミナー「『社会運動史』の時代」at東洋大学。史学史にどっぷり首までつかる濃密な週末となった。あまりに濃密だったので、夜に仙台に戻って涼しい空気を吸ったら、どっと疲れが出てきたぞ、まったく。


[1]1970年代日本の欧米史研究において重要な一角を占めた「社会運動史」グループをめぐる後者については、当事者による証言と、後続世代による評価からなる書籍の刊行が予定されているので、そちらを待たれよ。ちなみに今日は15人以上(司会の岡本充弘さんのほか、喜安朗、加藤晴康、北原敦、藤本和貴夫、木村靖二、谷川稔、木下賢一、石井規衛、近藤和彦、山本秀行、相良匡俊、成田龍一、長谷川貴彦、山根徹也、原聖の諸氏と、ぼく・・・で全部かな?)のトークを半日につっこむという無謀な企画だったが、20世紀史総体の書換えを迫り、センス・オヴ・ワンダーを覚醒させた石井さんのトークが抜群だった。石井さーん、

花丸あげましょう。

(「いらねーよ」という声がきこえた気がする)


[2]日本における「社会史」研究をリードした二宮さんのしごと(を「二宮史学」とよぶのは、権威づけを嫌った二宮さんの意思に反するように思うが、とにかくそれ)をめぐる前者は、これまた報告3本(長谷川貴彦、岸本美緒、成田龍一の諸氏)とコメント(北原敦さん)と活発な討論からなる好企画・・・といいつつ、そういえば肝心の二宮著作集を購入していないのだった。すみません、すみません、すみません。

ぼくは二宮さんを敬して遠ざけていた

(これホント)ので、彼のしごとを十分に理解しているわけではないが、一点だけ。

  • 彼は「歴史家の位置」に対する自己反省的な議論を十分に展開しなかったとぼくは思うのだが、どうだろうか:ちなみにこういうと、かなり反対する人が多いように思うが、ぼくはそう確信している。
  • もしもそうだとして、それはどう理解すればよいのだろうか:ちなみにこれは、彼の意図的・意識的・戦略的な選択の帰結であると、ぼくは判断している。

この辺の詳細は、いずれまたの機会にということで。


そんなことをつらつら考えつつ、明日は朝イチで非学問的な会議が入っているあたりが、まこと「悲しき温帯」(パロディしてます)仙台の現実なのだった。