秋学期、開始。

【追記】
そして、この「出席率」をめぐる闘争にぼくがいつも惨敗している(=出席者単調減少傾向)という事実は、ヒミツだ。
【本文】
10月1日から新学期が始まった(当たり前だ、と叫ぶ声あり)。今年は2年に一度の「当たり年」なので、大人数講義である「経済学史」を2年ぶりに担当する。大人数といっても(ぼくの人望を反映してか)受講生は100人ぐらいなので、その筋(どの筋?)の諸氏からは「どこが大人数だ!!」といわれそうだが、受講生諸君ひとりひとりの顔がみえにくいという意味で「大人数」は大人数なのである。
さて、この「顔がみえにくい」とは、いかなる意味か。ひとつエピソードを紹介したい。


あれは数年前になるだろうか、JR仙山線北仙台駅の近くに小さなパン屋が出来た。間口一間、主人は奥でパンを焼き、夫人とアルバイトが手前で接客をするという、ホントに小さなパン屋である。ちょっと興味を持って買ってみたら、美味しい。バゲット系も、各種食パン系も、なんというか「ちょうどいい」のである。この界隈には名店「バーニャ」(ちなみに「バーニャ」とは南仏/北伊語で「ソース」の意味らしいが、南仏には「パン・バーニャ」という名物サンドイッチがある)があるが、バーニャのパンは、ぼくにはちょっと重すぎる。それに対し、このパン屋のパンはもうちょっと軽やかで、クルミやオレンジピールを混ぜ込んだ食パンはそのまま食べておいしいし、バゲットも、バターを塗ってスライスチーズとハムをはさめば、赤ワインのあてに最高の「パリ風」サンドイッチが一丁上がりである。
ある土曜日。大学でしごとをすることになり、「これは、昼はサンドイッチだな」とひらめいたぼくは、自転車でこのパン屋に急ぎ、バゲットを頼んだ。ついでに、サンドイッチにするために「すみませんが、横に切れ目を入れていただけませんか」とお願いしたのだが・・・その瞬間、どういうわけかお店の人が一瞬ためらうのがわかった。どうもメンドイらしい。奥にいる主人に「カットしてくれというんですが・・・」、「わたし、ナイフがないし・・・」などとつぶやき、主人は主人で、作業を中断されたのが不本意なのか、いかにも渋々とパン切ナイフをもって(たかが数歩にすぎないのだが)やってきて、ぼくが買ったバゲットに切れ目を入れたのだった。
若干むっとしたぼくだが、忙しいところを邪魔されたからだろうか、と思い、それから数日たって、もう一度「すみませんが、横に切れ目を入れていただけませんか」を試してみた。しかし、残念ながら、反応は前回と同じだった。それ以来、ぼくの足はこのパン屋から遠のいた。大したクライアントではなかったが、パン屋はクライアントをひとり失ったことになる。


この場合、パン屋にはパン屋の理屈があったのだろう。しかし、クライアントであるぼくは、異才アルバート・ハーシュマンの所説を援用すれば「voice」よりは「exit」を選択した。「顔がみえにくい」とは、そういうこと、つまり、不満を抱いた場合、ひとびとが異議申立よりは退出を選択するような関係を意味している。
そして、大人数講義とは、受講生の人数というよりは、むしろ教師と受講生の関係によって特徴づけられる。すなわち、ぼくの話がつまらなければ、受講生諸君は、文句をいうのではなく、出席しなくなるだろう(ちなみにぼくは出席をとらない)。出席率が満足度の評価指標となる授業、それが「大人数講義」なのである。


そんな大人数講義が始まって一週間、すっかり疲れて寝倒しつつある秋の連休。