Mission Completed

【追記】
今はバラ(==>)の季節なのだろうか? 今日(29日)なんて、けっこう肌寒いのだが。
【本題】
去年まで数年間、年に2〜3ヶ月ほどリサーチのためフランスに滞在する機会があった。ここでいう「リサーチ」とは「県文書館で古文書をチェックし、使えそうなものを写真撮影する」ことだが、朝から夕方まで19世紀の資料をめくっては写真撮影する時間が続くと、夜は疲れはてて何もする気がおきなくなる。関連文献を読んだりゲットした資料を分析したりすれば効率的なのだろうが、一流の歴史学者であればともかく、体力と知力と気力に衰えがみえるぼくにはムリな相談である。それじゃ何をして時間をつぶすか・・・と考えて、思いついたのがフランス語論文の翻訳。これだったら頭を使わない、というか別の頭を使うことになり、一種のリフレッシュになる。そんなわけで、2010年にディジョンに滞在したときは、モーリス・オランデール「歴史なき人種」を訳し、『思想』(1月号、2011)に載せていただいた。
そして2011年秋。1ヶ月ほどモンペリエに滞在することになったが、ある日、地元資本にして町最大の本屋であるSaurampで一冊の本をみつけた。題してジュリアン・ヴァンサン他『市民社会』、レンヌ大学出版会(PUR)から「カルノー叢書」(おお、わが友パトリック・アリスマンディが編集委員をしている叢書ではないか!!)の一環として刊行されたばかりの新刊である。さっそく購入して読んでみたが、総論にあたる第一章・ヴァンサン「〈市民社会〉−政治と歴史のはざまで」がインフォマティヴで、なかなか面白い。それじゃ今回はこれを訳して秋の夜長をつぶそうかと思いたち、さっそく宿で訳しはじめた。25ページほどなので、1ヶ月の夜なべ仕事には分量的にもピッタリである。
さいわいにも結構あっさり訳しおえ、ずうずうしくもモンペリエから「載せていただけませんか」と、前回のよしみ(?)で『思想』編集長の互さんにデータを送りつけた。ちなみにぼくは、翻訳については、大略

まず訳し、翻訳原稿という現物を手にしてから刊行交渉に進むべし

という、この道の大家(?)山形浩生さんの教えを忠実に守ることにしている。互さんは、さっそく検討し、ありがたくもゴーサインを出し、版権元であるPURに翻訳刊行許諾申請をしてくださった。ここまでは、じつにスムーズに物事がはこんだ。スムーズすぎた、というべきかもしれない。
問題はここから始まった。PURから返事が来ないのである。互さんによれば、うんともすんとも言わないらしい。

さすがフランス(C'est la France)。

PURの編集顧問は知人のレンヌ第2大学准教授(中世史)なので、連絡して聞いてみようかなあ・・・などと思いつつ、様子をみているうちに「光陰矢のごとし」で一年がたち、2012年夏休みとあいなった。このままじゃマズイということで、夏休み明けを見計らって8月末まで待ち、まずPUR編集局長にメールしたが、返事なし。これは想定内の反応ゆえ、つづいて編集担当秘書にメール。こっちはすぐに返事が来たが「明日から遅ればせのバカンスなので、戻ったらすぐチェックしまーす」という、バカンス気分丸出しの内容。一抹の不安をかかえつつ待ったが、やっぱりダメ。
かくなるうえは最終手段、著者に対する翻訳刊行許諾申請である。フランス北東部はブザンソンにあるフランシュコンテ大学の准教授であるヴァンサンさんとは、ぼくは面識はないが、アドレスをみつけて直接メールを出してみた。自分のテクストが他国で翻訳刊行されるのは悪い話ではないので、すぐに、それもオッケーの返事が来るだろうと踏んでいたが、読みどおり、ほんの数時間後に「オッケー」の返事が届いた。これが今を去ること3日前のこと、かくして、ようやく刊行手続きに入れることになったわけである。もっとも、一年前に翻訳原稿を出しているので、すでにゲラはほとんど組みあがっているらしい。さほど遠くない時期に諸兄のお目にかけることが出来るだろう。
ジュリアン・ヴァンサン「〈市民社会〉−政治と歴史のはざまで」(『思想』、近刊、原著2011)は、ケンブリッジ大学とパリ第一大学のダブルディグリープログラム(合同設置博士課程)で、フランスを代表する文化史家クリストフ・シャルル&「かの」ギャレス・ステドマンジョーンズという二人の巨匠の指導下に博士号をとった思想史学の俊英の手になる一篇。期待されたし。


とにもかくにも、これで(あまり大物ではないものの)ひとつ「Mission Completed」。さて、それでは次のしごとに進むことにしようか。