京都は今日も雨だった。

小山哲さんが研究代表者を務める科研費プログラムのセミナーに出るため、京大に日帰りしてきた。いつも思うことだが、伊丹までは遠く感じないんだが、そこから京大までが遠い。おまけに、ぼくはどういうわけか京都と相性が悪いらしく、最近はいつも雨。当然ながら今日も雨の日曜日で、かてて加えて行きの仙台・伊丹便はジェットコースターになりかけるというステキなおまけ付きだった。
セミナーでは、長谷川まゆ帆さんが駒場で教えている韓国の留学生と(シンガポールで中高時代を過ごした)香港の留学生が、おのおの母国の歴史教育についてリサーチした結果を報告してくれた。これが素晴らしく面白く、帰りの飛行機の時間の関係で17時に終わらなければならなかった(というか、ぼくだけ失礼すればよかったのだが、小山さんが気をきかせてお開きにしてくださったのだった)のが、じつに残念だった。
まずもって、シンガポールと香港の「教育」そのもののあり方が、日本のそれと根本的に違うことに驚愕する。とくにシンガポールでは、小学校の段階から「〈課題解決型〉ではなく〈問題発見型〉の知識を与えることが教育のミッションである」という思想が貫徹している。問題発見型知識を与えるには講義(&宿題)&セミナー(orチュートリアル)という授業形式が適しているが、それには結構な時間がかかる。この時間を捻出するためには、たとえば歴史教育の分野では、ヨーロッパの古代史から近代史までは授業で教えなくてもよい、という割切りぶり。問題発見型知識を与えれば、あとは、必要になったら自分で学ぶはずだ、というわけである。「教育のミッションは何か」という根本的な次元から検討しなければ、たとえ教科書の内容をちょっと変えても、入試制度を変更しても、付け焼刃にすぎなくなる危険がある、ということを、あらためて考えさせられた。
韓国については、「体系的な知識を網羅的に教える」という点では、わりと「教育のミッション」を日本と共有しているという感じがする。しかし、たとえば、自国史教育と外国史教育の関係(「韓国近現代史」とか「東アジア史」という科目が高校段階で存在する)など、相違点もある。一体なぜだ?、という疑問がわいてくる。
まったく、これだから比較は面白ぉて困るわ、と感じた4時間。

サウイーさんとサビンさん、Many Thanks。

ちなみにこのプログラムのセミナー、次回は12月にソウルで開催される予定だ・・・が、寒そう。