日本西洋史学会大会参加録。

先週末は日本西洋史学会の大会が京都大学であり、参加。ここ数年はタイミングが合わずに出席できず残念な思いをしていたので、久しぶりにうれしい週末となった。
日本西洋史学会といえば、ぼくにとっては、トークやラウンドテーブルに参加して耳学問する場というよりは、年に一度旧友に再会して(万難を排して大会控室にたむろしておしゃべりしたり、夜な夜な酒瓶を前に集まったりして)旧交を温める場と化して久しい……が、まこと「その意味で」とても重要な学会である。
今回も、12日(日)夜には谷川稔さんの滞仏20周年&完全復活を記念(?)して「当時の」パリの空気を共有した「当時の」若手諸氏が木屋町に集合し、貴重な時間をすごした。高井哲彦、中山洋平、正本忍といった諸氏の顔をみていると、1993年末に戻った気がする……が、それはもちろん「気」にすぎない。Le temps passe.
ただし、である。今回は、11日(土)午後のメインカンファレンスでコメントし、12日(日)午後のラウンドテーブルでコメントし、13日(月)昼のアフターカンファレンスに参加するという、四半世紀以上学会に参加してはじめて「マジメな」学会ライフをおくることとなった。

  • メインカンファレンスでは、リム・ジヒョンさん(韓国・漢陽大学)のムチャクチャ刺激的なキーノートスピーチ(内容は、昨年末に刊行されたノースロップ編『世界史必携』に所収された論文「北東アジアで世界を歴史化するということ」の拡充版。英文でよければ「クリックなかみ!検索」でほぼ読めるゆえ、こちらからお試しあれ)に対し、「反グローバルヒストリー」というアナクロニスティックな立場からコメント。ちなみにコメントのドラフトを書くよりもスライドを作るほうが時間と手間がかかったというのは、これはいかがなものか。
  • ラウンドテーブルでは、「エゴドキュメント」と「シチズンシップ」をキーワードとする槇原茂さんたちの共同研究「市民の自分史」の総括的な議論に対して、「これら分析ツールをケーススタディにおとしこむための方策はなにか」という問題を念頭におきながら、偉そうなコメントを連発。終了後は木屋町で打上げとなり、そのまま谷川完全復活記念大放談会になだれこんだわけである。
  • アフターセミナーでは、リムさんのほかに、韓国から二人の若手西洋史研究者を迎え、リムさんのトークをめぐって議論しつつ、日韓で西洋史研究のプラットフォームを作るための顔つなぎ。彼ら三人とは昨年12月にソウルで会っているので、今回がうまく第二歩になってくれたらうれしい。その後、三人のうちのひとりであるチョン・ジンサンと同夫人の三人で、また木屋町に夕食をとりに行くも、この辺から疲れが出はじめ、ジンサンたちから「お前、疲れてないか?」と心配される羽目となった。はい、疲れてました。日曜日に飲みすぎたせいです。

そんなこんなでどうにか14日(火)に仙台に戻ったわけだが、京都は30度越えと初夏の陽気だったのが、仙台に戻ったら最高気温13度の世界が待っていて、いやあ、日本は広いなあ……という話だけだと情けないので、12日(日)の午前中に聞いた個別報告の話を少々。

  • 1本目:去年北大に集中講義に行ったときになにからなにまで世話になった近代イギリス史専門の院生・田村理さんの報告。長谷川貴彦くんの弟子だが、イギリスの奴隷制廃止運動を環大西洋史(アトランティック・ヒストリー)という広いパースペクティヴのなかに位置づけて鮮やかなトーク。グッジョブ、田村さん。
  • 2本目:持ち時間(たぶんトーク25分+質疑応答10分で)35分のうち33分をトークに費やすというのは、そいつぁあまりにも準備不足でないかい? コメンテータにすぎないぼくですら、事前に何度か声に出してドラフトを読み、時間を計ったぞよ。
  • 3本目:扱ったケースを一般化するロジックが荒く、ちょっと「?」マーク。こんなこと書くと「ハッタリかましまくるお前に言われとーないわ」といわれそうだが、しかし無理筋は無理筋なのである。
  • 4本目:研究史に一切触れずに本題に入っちまっては、学術的マナーの「きほんのき」を知らないやつとみられてもしぁーないな、これは。研究史に触れるのは、単なる衒学趣味ではなく、「ここまではわかっていて、ここからは自分のオリジナリティである」ことを宣言するという、きわめて重要な儀式なのである。

……と、偉そうなご託宣を並べつつ、じつはいわゆる「学会(個別)報告」をしたことが一度もない(ゲストスピーカーやコメンテータを務めたことはあるけど)という事実は、ヒミツだ。