経済史学の現在を考える(勉強不足なので日本限定)。

日本は大雪で、仙台に至っては半世紀ぶりの35センチ(……)ということらしい。マジすか!! 
これに対して当地モンペリエは最高気温14度という天国のような天気で、からだが喜んでいるのがよくわかる……が、木曜日には仙台に戻るので、この幸せもしょせん長くは続かないわけである。
さて異国にいると(基本的に出不精ゆえ)夜が長いので、例によって「つれづれなるままに……心に映りゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつくる」ことになる。今回のお題は

  • 日本における経済史学の現在をいかに考えるか。
  • とりわけ経済史教科書はいかにあるべきか。

である。
ぼくは経済史学畑の出身ながら、最近どういうわけか経済史学と縁遠い生活をしてきたのだが、2013年度は半年間勤務先で「経済史入門」という講義を担当して一年生に経済史学の基本を教える機会があり、久々に経済史学について想いをめぐらせることになった。
そんなわけで、経済史学の現状について疎いので、事実誤認があるかもしれないが、現時点で考えていることを書きつけておこう。なんでこんなものを書いたかは、そのうち明らかになるかもしれない……が、結局明らかにならないかもしれない。
【業務連絡:鈴木さん、もーちょい書きたして、来週火曜日に麹町でお待ちしてます……雪がふらなければ、ですが】
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経済史学は、少なくとも日本では(そしておそらくは世界中において)衰退の一途をたどっている。ぼくにいわせれば、経済史学の衰退の責任は、なによりもまず今日おける経済史教育の貧困にある。なお、ここでいう経済史学とは、経済史を研究する学問領域である。そして経済史とは、常識的に考えれば、人類の経済活動の歴史である。
経済史教育の貧困は、経済史教科書をみればすぐに感じとれる。少なくとも日本の(というのは、情けなくも、外国の経済史教科書の現状については、さっぱり把握していないからなのだが)書籍市場に出回っている経済史の教科書は、そのほとんどが、大略「経済史上の史実を淡々と記述すればよいのであり、また、そのようなものたるべきである」というコンセプトにのっとっている。すなわち、序章で「経済史とは何か、経済史学とはいかなるものか」みたいなことについて軽く触れたうえで、ただちに「人類の曙」(!!)あたりから経済活動の諸相を説明し、最後は「現代の経済活動の特徴」か「今後の展望」で締めくくる、という感じの体裁をとっている。
しかし、こんな経済史教科書のありかたに対しては、様々な疑問が生じないだろうか。たとえば、経済史が「経済活動の歴史」というのであれば、それを研究する学問領域は歴史学の下位学問領域、というよりも、はっきりいえば歴史学の一部ということになる。ところが、日本の大学では、なぜか経済史は経済学部で教えられている。これ、ちょっとヘンだろう。どう考えても矛盾している。歴史学の一部であれば、文学部史学科で教えればよいだけのことである。
ここからなにが生じるというと、学生諸君の経済史ばなれである。経済学部の学生諸君は(少なくともタテマエのうえでは)経済学を学びたくて入学してくるのに、歴史学の一部としての経済史を「専門科目」として学ばなければならないのだから、興味を失うのは当たり前だろう。マジメな学生であれば「なんでまた経済学部で、一般教養科目ならいざ知らず、専門科目として歴史を学ばにゃならんのか」と憤慨して当然である。つまり、悪いのは学生ではなく教師の側なのである……が、学ぶ気のない学生諸君のお相手をするぼくらも、それなりにストレスがたまるのだから、これはまさに「ルーズ・ルーズ(lose-lose)」の関係である。
こんなツマラン事態を招いた最大の理由はなにか。それは、経済史を研究対象とする学問領域である経済史学について、十分な考察がなされていないことにある。教科書に即していえば、「経済史」の教科書はあるが「経済史学」の教科書がない。これがいかにヘンな事態かということは、たとえば経済学の授業において「経済学」ではなくて「経済」の教科書が使われるとか、物理学の授業において「物理学」ではなくて「物理」の教科書が使われるとかいった光景を想像してもらえば、すぐにわかるだろう。そもそも経済史学とはなにか、という問いから始まらない授業・教科書・教育が大手を振って歩いていることが、経済史学の貧困さらには衰退を招いている。
もっとも、経済学や物理学の世界では、経済学と経済、あるいは物理学と物理の違いなんてことは、大した問題じゃないかもしれない。しかし、経済史・経済史学にとっては、これは大問題である。それは、経済史学が(経済学や物理学ととりあえず異なって)学際的な性格をもっていることに起因している。すなわち経済史学とは、経済学と歴史学という2つの学問領域のはざまにある、学際的というと聞こえはいいが一種微妙な位置にある下位学問領域である。それゆえ、経済史を学ぶにあたっては、まずは「経済史学とはなにか」という自己定義からはじめなければならない。教科書に即していえば、それは「経済史」のみならず「経済史学」の説明を含むものでなければならない。経済史の授業に即していえば、経済学部の学生諸君に対して、なぜ経済史を学ぶ必要があるのか、説明できなければならない。
ここでのメインテーマである経済史教科書に即して再言すれば、経済史学が経済学と歴史学のはざまにある学際的下位学問領域である以上、人類の経済活動の歴史上の史実を淡々と記述することは、端的にいって不可能である。経済学と歴史学は相異なる学問領域であり、それゆえ相異なる方法論をもつ可能性が高いからだ。人類の経済が活動の歴史を記述するのはよいとして、いかなる方法論にもとづき、いかなるアプローチをもちいて、いかなる視角から、いかなる手続きをもちいて記述するかが、なによりもまず問われなければならない。「史実を淡々と記述する」なんてムリなのである……が、ほとんどの教科書は「史実を淡々と記述する」ばかりで、ツマラン。
怒りというか不満というかストレスに任せてエラそうなことをつらつらと書きつらねてきたが、もっとも、これまで経済史学者が「経済史学」の説明を放棄してきたというわけではない。たとえば、戦後日本の経済史学を代表する大塚久雄は、幾多の啓蒙的文章のなかで「経済史学とはなにか」について説明を試みている。その際に彼が援用するのは「マルクスヴェーバー」という参照枠である。すなわち、彼は、大略「経済活動の歴史をどこまで経済学で説明できるか」という課題を設定したうえで、マルクス派経済学(いわゆる「マル経」)をもちいて歴史事象の解釈を試み、解釈できない部分についてはヴェーバー宗教社会学理論によって説明を試みている。大塚の試みは、マルクスヴェーバーの所説に関する博識に支えられて、なかなかブリリアントである。
大塚の試みが興味深いのには、もうひとつ理由がある。今日の経済史学の貧困・衰退の原因が那辺にあるかを理解することを可能にしてくれる、という点である。すなわち、彼が前提とした経済学はマルクス派経済学であるが、今日の経済学の主流は新古典派経済学(日本での通称は「近経」)である。したがって、今日の時点において経済史学を論じようとするのであれば、新古典派経済学歴史学のはざまにある存在として経済史学を定義することから始めなければならない。そして、これこそが、今日の経済史学界において、とりわけ教育・教科書の次元において取組まれていない、しかしながらとりくまれるべき営為である。
既存の経済史教科書(さらには教育)に対する以上のような不満にもとづくと、あるべき教科書がクリアするべきポイントとしては、たとえば次の3つが考えられる。
①「経済史」ではなく「経済史学」の教科書でなければならない。
具体的には、人類の経済活動の歴史に関する概観は後半にまわし、前半ではまず経済史を研究する学問領域たる経済史学について、その定義・方法論・歴史をなるべく詳しく論じるべきだ。とりわけ、経済史学には方法論・アプローチ・視角・手続きといった点でいかなる特徴があるか、経済史学を営むに際してはいかなる問題を考慮するべきか、といった点をくわしく検討する必要がある。
なぜこんなことにこだわるか、というと、それはぼくの趣味だからである……というのは(ウソではないが)冗談で、経済史学の上位学問領域である経済学と歴史学は、とりわけ方法論の次元でおおきく異なっており、見方によっては共約不可能な関係にあるといいうるからである。方法論が相異なる2つの学問領域のはざまに位置するというのだから、なによりもまず学問領域としての成立根拠にかかわる諸点を検討することは不可欠であり不可避の手続きである。
②経済史学の上位学問領域たる経済学を代表する存在として、これまでの経済史教科書がしばしばマルクス派経済学を採用したのに対して、新古典派経済学を選択し、分析の対象とするべきである。
この選択には2つの理由がある。
まず、今日の経済学界における主流は新古典派経済学だからである。経済史学が経済学の下位学問領域である以上、この状況を無視することはできない。ところが、新古典派経済学との関係を念頭に置いた経済史教科書は、日本ではほとんどない。おそらくは唯一の例外として岡崎哲二のすぐれた教科書(『経済史』、新世社、2002)があるが、一冊だけというのでは、さすがにマズイだろう。
もっとも流行り廃りなどは、しょせんは一時的なものにすぎない。新古典派経済学の覇権がいつまで続くかは不明であり、したがって選択の理由としてはイマイチ弱い。より重要なのはもうひとつの方、すなわち新古典派経済学は、方法論の様々な領域・次元において、歴史学と大きく異なっている、ということにある。たとえば、時間の取扱をみると、新古典派経済学は時間を捨象した静学的なアプローチから始まっているが、これは歴史学とは簡単に相いれないものである。また、ヴィルヘルム・ヴィンデルバントの所説を援用して考えると、新古典派経済学歴史学は相異なる分析手続をとっているといってよい。そうだとすると、両者のはざまにある経済史学という学問領域はかなりの矛盾をはらんだものと想定してよい。そして、この矛盾について考えることは、経済史学の特徴を明らかにするのに貢献するはずである。
③経済史を概観する後半においては、単に「史実を淡々と記述する」という形態をとるべきではない。
前述したとおり「史実を淡々と記述する」のは、せいぜいのところが歴史学の手続き(というと、今日の歴史学の理論的・方法論的な水準からすると異論のあるところだろうが、いわゆる「クソ実証主義的な」歴史学を念頭に置けば、それなりに整合的な手続き)であり、経済学と歴史学のはざまにある経済史学にとって適切なものではない。
これでは困るので、たとえば、新古典派経済学歴史学の双方の分析手続の特徴を念頭におき、経済活動のうち生産・消費・取引という3つの活動に対象を限定したうえで、歴史上みられた類型をモデル化し、特徴を抽出し、史実とつきあわせる、という記述手続きを採用するのはどうだろうか。もっとも、この手続きは一見すると新古典派経済学のものに類似しており、これだけでは(歴史学の手続きはツマランから新古典派経済学の手続きにすり寄ってみましたというのでは、振り子が逆に振れたにすぎず)無意味である。いずれにせよ経済史学の存在意義は感じとれないからだ。
これでも困るので、経済史学のオリジナリティをクリアにするべく、新古典派経済学ではさほど重視されない「諸類型間の移行のプロセス」に着目し、この移行がいかになされたかを説明することを課題としてみたらどうだろうか。それは経済学的に説明できるか、説明できないとすればいかなる解釈が可能か、といった問題を考えてみるべきだ、というわけである。