滞仏1日目(土):コメント・サンクス

【追記その2】
やはり人の悪口はいうものではない。TGVは定刻どおりに来たものの、人身事故と架線故障【==>訂正:人身事故のみだった】で3時間遅れ、意識朦朧として宿にたどりついたら午前1時をまわっていた。
おやすみなさい。
【追記】
成田・パリ便はオーバーブッキングが出てビジネスにまわしてもらってラッキー……だが、前の座席に幼児が2人、なんとパリまでほとんど寝ることなく、ずぅぅぅぅぅぅぅぅぅっと騒いでいて、アンラッキー……だが、ま、幼児は騒ぐのが仕事だよね、しかたないか。いまはシャルル・ドゴール空港にある国鉄駅。例によってビールを飲みながらモンペリエ行きのTGVを待っている。アルコールと時差で眠いぞ。
【本題】
ドタバタしているあいだに弥生3月となった。2月13日(木)に春の南仏モンペリエから帰国し、雪景色の仙台に絶句し、タクシーのなかから「でも降雪が終わっていてよかったなあ」と思ったのもつかの間、15日から16日の週末にまたも大豪雪。しかも今回は重い雪だったので、雪かきしたらステキに筋肉痛。
それにもめげずに17日から一週間東京はJSPSに出稼ぎ=通称「江戸詰」に出向き、科研審査会に陪席(するだけなので、守秘義務もなくここでヘラヘラと記していられるわけだが、しゃべらずに座っているだけというのも、けっこう大変なのである)するなどのしごとをこなし、JSPS/RCSSの送別会で久々に泥酔しつつ仙台に戻って一週間。
このままでは体がもたん!!、というわけで、モンペリエに戻ることにした。今日から4週間、モンペリエ市立文書館その他でアーカイヴァル・ワークの予定である。彼の地にお出かけの際は、ぜひ。
さて、そんなこんなで放っていたあいだに、井出さんから貴重なコメントを頂いていた。

 「経済活動のうち生産・消費・取引という3つの活動に対象を限定したうえで、」「諸類型間の移行のプロセス」を説明するのは至難の業ではないか、との印象を受けます。
また、世界システム論・社会史的アプローチ・比較制度分析・クリオメトリックスなど、経済史学にとって、ここ20・30年は、対象範囲が「収斂」というよりむしろ「拡散」の時代であったように感じます。
 多くの事象を捨象する新古典派経済学との対比でいうと、経済史学は捨象する事象を減らすことができる、言い換えれば「拡散」できるので、新しい視点を提供しやすいし、一部の人にとっては研究や勉強が面白いとも言えますが、その一方で、あまりに「拡散」しすぎると読み手としては書き手の主張が明確でなく、読んでいてつまらないものと思ってしまいます。
 「諸類型間の移行のプロセス」の説明は非常に面白いテーマで、とても興味がありますが、一方で、ここ20・30年の経済史学ではかつてのような諸類型の明確な区分(封建制・資本主義など)を避ける傾向にあったように思います。

いやあ、全ておっしゃるとおり。それがぼくの不満でもあり、どうにかしないと経済史学が「つまらん」学問領域になってしまうんじゃないかという気がしている今日この頃なのであった。
ちなみに「諸類型間の移行のプロセス」というのは、まさにマルクス主義的な経済史学の真骨頂だったのだが、そのメカニズムが「正、反、合」という弁証法にとどまっているのが諸悪の根源……というのはもちろん言いすぎなのだが、メカニズムの解明が不十分なのは事実なので、この辺はつっこむ余地があると思っている、マルクス主義不勉強なぼくである。
また「対象範囲の拡散」というのも、要するに「経済史学とは何か」という議論が不足していることが来ると思われるので、その辺から始めなければならないだろう。「だから原点」(伝説の東大五月祭のポスターを想起されたし)なのである。
そんなわけで「ぼくも江戸詰でヒマなので……」とわけのわからんムリをいって、お付き合いのある編集者・鈴木さん(引越し準備まっただ中だというのに、申訳ない)にお出ましいただき、経済史「学」教科書の出版打合せを敢行した。最初は「2023年刊行を目指す」はずが、気付いたら鈴木さんの気合いにおされて「2017年ドラフト完成を目指す」ことになっていた。いやぁアルコールの力というのは、まことコワいものである。
ま、こまかいことは帰国してから考えることにしよう……などと不埒なことが頭をよぎる、改装中の成田のラウンジである。
それでは、また。