債務返済の日々

連休である。
もう連休である。
連休?
連休!!
連休……。
ついこの前まで春休みだったのに、この「タイム・フライズ」感は、なんだ? 今年度の春学期は授業担当が少なく、ゆとりある研究生活を満喫できるはずだったのに。
事態の元凶はわかっている。つまり、債務返済である。
えらそうに言うが、ぼくは「仕事のスピード」だけには自信がある。これまで、大抵の仕事については不良債務にすることなく、クオリティはともかくとして、締切のはるか前にあげてきた。そして、締切になってもアウトプットが出ず、不良債務を積上げてゆく諸兄を、はるか高みから余裕とともに見下ろしていたのである。しかし、この傲慢なる自信が、ここのところ音を立てて崩れつつある。返済した債務以上の債務が新たにつみあがり、そのまま不良債務化してゆく、という状況が眼前に現出しつつあるのだ。
要するに、これまでのぼくの根拠なき自信は、単に「もちこまれる仕事が少なかったので、不良債務になりようがなかった」というシャビーな状況の為せる業にすぎないのだった。アレマ、まったく、である。
まず、この1か月間で返済した債務を挙げておこう。

  • 数年来塩漬けになっていた大型(?)企画「批判的転回以降のフランス歴史学」(『思想』連載中)であるが、残る2本の翻訳論文、すなわちジェラール・ノワリエル「社会的なるものの主観主義的アプローチにむけて」とパトリック・フリダンソン「組織、新たな研究対象」は、付されるべきレビュー・アーティクルが諸般の事情でおちてしまった(さすがに7年は長い)ため、訳者解題の加筆が必要になった。訳者はだれかというと……はい、わたしです。

  で、2つとも書きました。

  • 昨年の日本西洋史学会大シンポジウム「東アジアの西洋史学」は、これまた『思想』が特集を組んでくださることになった。ぼくは大したコメントが出来なかったのでお役御免かと思っていたら、長いものを書く能力がないのであれば「思想の言葉」を書くべしというお達しが発動され、名誉な機会を得た。

  で、「グローバル・ヒストリーの史学史的位置」という大それたタイトルで書きました。

  • 先日、アナール学派第3世代の大立者ジャック・ル・ゴフが亡くなった。『思想』では、彼を悼み、かかわりのある歴史学者に追悼文を寄せてもらうことになった。そして……なぜかぼくにもお鉢が回ってきた。ル・ゴフの良き読者とはとてもいえないのだが、「批判的転回以降のフランス歴史学」の言いだしっぺということで、責任を取るべしということなのだろう。

  で、これまた「巨星、墜つ」という大それたタイトルで書きました。


ここまでが、4月に返済できた債務である。どれも短文であるところがなさけない……が、よくみれば全て『思想』掲載文である。こんなに執筆機会を与えていただけたとは、心からサンクス互さん。


それでは現時点で残っている債務は、というと、とりあえず夏休みまでの短期債務が

  • 5月31日:日韓セミナー「東アジアの西洋史学II」が開かれる(って、企画したのは自分なのだが)。セミナーで読むペーパー「Reading the national history textbook in the age of Globalization: A case of an official Korean History textbook for high-school」を書かなければならない。これを連休中に終わらせるのが至上命題である。
  • 6月20日:JSPS-RCSSで、各界の先達を前に、自分のリサーチを紹介しなければならない。30分一本勝負、困ったなあ。
  • 6月21日:大学院の(ほぼ)先輩にあたる土屋好古さんに呼ばれて、日大史学会大会at日大文理学部でキーノートスピーチをさせてもらうことになった。グローバル・ヒストリーについて話すことになっているが、ドラフトは影も形もないぞ。
  • 6月22日:ひょんなことで言いだしっぺとなってしまった『教養の世界史』(仮題)作成のキックオフ・ミーティング。なにか準備しないとまずいだろうなあ。初対面の方々もおるし……なにを準備すればいいのか、うーむ(以上、三連ちゃんだぞ、大丈夫か自分?)。
  • 6月25日:宮城県教育委員会の高校教員研修で「現代社会の諸問題に歴史からアプローチする」というタイトルでトークをすることになっている。こちらも、現時点で準備ゼロ。

というところか。
夏休みは(まだなにも準備していないが)フランスに逃亡を画策しているのでよいとして、夏休みが明けると、秋学期には授業がドドーンと降ってくるのに加えて、東芝の研修と、論文の締切2つというミドル級の債務が待っているのだった。


しかし、こうやって書きだしてみると「批判的転回以降のフランス歴史学」も、日韓セミナー「東アジアの西洋史学II」も、『教養の世界史』(仮題)も、大型債務はすべて言いだしたのは自分であることがわかる。
つまり、自業自得。
誰のことも責められない。
悪いのは自分。
自己責任の世界。


とりあえず「東アジアの西洋史学II」用のペーパーは、仕上がったらアップすると思うので、ひとつよろしく……って、何を?