岡田與好(1925-2014)

日韓セミナー「東アジアの西洋史学II」(東北大学東京分室)と日本西洋史学会(立教大学)をはしごし、色々と勉強になった(が、大二日酔い大会にもなった)週末をすごして仙台に戻るや否や、岡田先生の訃報に接することになった。
岡田先生は、師匠・廣田功先生、亡き遅塚忠躬先生と並んで、ぼくの(人徳に問題があるせいか、なぜか)数少ない恩師のひとりである。東京大学社会科学研究所に勤務されていた先生は、教育者としては大学院の授業のみを担当し、1986年に退官された。ぼくが大学院に入った(=入院した)のは同年だから、本来接点はないはずである。ところが先生は、退官後、ご自宅に大学院生を招いて私的なセミナーを月例で開いてくださることになり、そんなわけでぼくも参加するに至って先生の知己を得たのだった。研究の近況を報告しては先生からコメントを頂き、そのあと大飲み会に突入するのが習わしだった荻窪のお宅で、ぼくらはどれほど多くのことを学び、どれほど多くのアルコールを摂取したことか。
それだけではない。先生は後進の育成に常人ならざる熱意を燃やし、何度も自腹を切って大学院生の論文集を刊行してくださった。ぼくの第3論文「フランス第二共和制期における統治構造の再編過程」が所収された岡田与好編『政治経済改革への途』(木鐸社、1991)は、その一冊である。顧みると、ぼくは本当に恩師に恵まれた。
仙台に赴任したあとは、そもそも物理的な距離(300km)が出来たこともあり、また拙稿「ある歴史観の黄昏」(『土地制度史学』157、1997)をめぐって心理的な距離(……)が生まれたこともあり、先生とお会いする機会は激減してしまった。そんななかで最後にお会いしたのは、あれは、先生と並んで大塚久雄門下生の双璧をなした吉岡昭彦さんを偲ぶ会が仙台で開かれた2001年のことだったろうか。先生は、病身を押して、奥様とともに仙台にいらっしゃった。会場でお目にかかった際、ちょうど調子を崩していたぼくのことを気遣ってくださったことは、いまでも忘れられない思い出としてある。


Le temps s'en va. Le temps non, mais nous, nous en allons.

(時はすぎゆく。時はとどまり、われらはすぎゆく。[ロンサール])