続・モンペリエ散歩

レ川(le Lez)沿いの散歩の続き。リカルド・ボフィル総設計になるキッチュポストモダン古典様式趣味大爆発のアンティゴネ地区のはずれにそびえたつのは、モンペリエを州都とするラングドック・ルシヨン地域圏(region Languedoc-Roussillon)議会ビル。目の前に「サモトラケのニケ」の複製があるのがご愛嬌である。



真ん中に巨大な「OUI」の垂れ幕がかかっているのがわかるだろう。じつは、つい先日、フランスでは地域圏再編統合法案が可決され、ラングドック・ルシヨン地域圏は、トゥルーズを州都とするミディ・ピレネ地域圏(region Midi-Pyrennees)と統合されることになった。歴史的にみると、前者の中心は低ラングドック地方(Bas Languedoc)、後者の中心は高ラングドック地方(Haut Languedoc)で、どちらも「ラングドック地方」に属するから、この統合自体はそれなりに合理的だと思う……が、問題は「州都はどこになるか?」である。「モンペリエvs.トゥルーズ」というこの一戦、人口はフランス第8位vs.第5位なので、たぶんトゥルーズの勝ち。トゥルーズはエアバスを作る工場があるなど、工業集積も進んでいるし……というわけで、州都の地位を失うことが確実なモンペリエ、必死の反撃をしているというわけである。でも法案可決されちゃったしなあ。


そのままレ川沿いを歩いてゆくと、胸像が乱立する一角に出る。写真写りが悪いのでよくわからないと思うが、なになに、ロベスピエール(Robespierre)にサン・ジュスト(Saint-Just)にシエイエス(Sieyes)にマラー(Marat)にラカナル(Lakanal)にロラン夫人(Madame Roland)に……と、フランス革命期の有名人そろい踏みじゃないか。



もちろんすべて複製だが、これまたスゴイ光景である。ちなみに地名は「フランス革命広場」。さて、真ん中に鎮座する栄に浴しているのはだれか、というと、ラファイエット(Lafayette)だった。


ただし、最大の栄光が与えられているのはラファイエットではない。その奥には「ヴァルミ広場(place de Valmy)」なる小さな広場があり、そこには巨大な全身像が飾られている(もちろんこれも複製)。



フランス革命が始まって3年後の1792年、オーストリアプロイセンは革命に軍事干渉を始める。この通称「フランス革命戦争」において、当初フランスは劣位を強いられたが、これを一発で覆したのがヴァルミの戦い(1792年)における勝利だった。この銅像は、その司令官のひとりケレルマン(Kellerman)。台座には、戦いに立ち会ったゲーテの台詞「ここから、そしてこの日から、世界史の新しい時代が始まる」が刻まれている。


うーん、カッコいいぞ、ゲーテ(着眼点が違う気もする)。