若さは力である。

去年の今頃、ホントに久しぶりにホームグラウンドのフランス社会経済史の領域で刊行した拙著『19世紀フランス社会政治史』(山川出版社、2013)であるが、ちょうど一年たって初の書評が出た。反応があるのは、なによりもうれしいことである。
若き19世紀フランス史研究者である谷口良生さん(JSPS特別研究員)が『史林』(97-4、2014)に寄せてくださった書評は、二段組み6頁強という力作。あんな(……)マイナーな本を取上げてくださったことに、心から謝意を表したい。しかも、その内容たるや、6割が内容紹介、1割がホメ言葉(=社交辞令)、3割が批判という、「内容要約を提示することによって情報提供するとともに、批判することによって今後の展望を示す」という書評の機能を十全に果たす模範的なものとなっている。
しかも、だ。批判がことごとくあたっているではないか。アレマ。
すなわち、谷口さんの主な批判は、
(1)拙著は「民衆をアクターとして設定する」とかエラソーにいっているわりに、能動性が全然みえない。
(2)全体の構成に一貫性がない。
(3)具体例の代表性が十分に証明されていない。
(4)拙著が「オリジナル」という謳い文句で導入した「ローカル・ガバナンス」とかいう視点について、その歴史的変化の要因が、拙著の枠組からはわからない。
という4点にまとめられるが、これすべて、ぼくからすると「なるほど」なのだ。アレマ。
ちなみに、このうち(1)と(2)と(3)は、ぼくも、拙著を取りまとめながらうすうす気づいていた弱点ではあるのだが、だからといってエクスキューズにはなるまい。
(1)については、能動的なアクターとして民衆を描きたいというのは、30年来のぼくの課題なんだが、なかなか上手い糸口・切り口が見つからないんだよなあ……「マルチステークホルダーゲームとしてのローカル・ガバナンス」という視点を導入すると、ちょっと接近できるんじゃないと思ったんだが、そうですか、ダメですか、やっぱり。アレマ。
(2)と(3)については、そうなんだよなあ……書籍としての体系性が足りないんだよなあ……単なる「論文集」にはしたくなかったので頑張ったんだけどなあ……リサーチその他に時間がかかりすぎて(そのくせ取りまとめの時間が足りなくて)全体を貫くロジックの強度がなあ……アレマ。
それにも増して、なによりも(4)は、気づかなかった。そうだったのか!!、のひとこと。いやあ、こういう自分でも気づいていない問題点を指摘していただいたのは、ホントにありがたいことである……が、アレマ。
それにしても、やはり若さとは力である(La jeunesse fait la force)。ぼくもさすがにそろそろ業界で「若手」と呼ばれるトシではなくなってきた(そんな、あたりまえだろーが)が、こういう「力」を間近でみると、思わず知らず「ふう」とため息がもれてくるわけだ。


そして「よっこらしょっ」と、ふたたび腰をあげるのである。