新しい知識を得ることの悦楽。

今年の秋学期は授業が珍しく多く(当社比)、受講生がこれまた珍しく多い(当社比)こともあってヘロヘロしている。ウイークデイズは、あっという間に時間がたち、気づくと週末になっている。週末は、ちょこちょことセミナーや出版打合せが入ってくるせいもあるが、そもそもヘロヘロで、なにもない日は布団のなかで夕日を迎えて「明日からウイークデイズかよ、おい」となることも珍しくない。
これでよいのか、自分?


閑話休題
ぼくは、半世紀近い筋金入りの『朝日新聞』読者である。ちなみに『朝日』・『読売』・『毎日』という全国紙は政治傾向が違うとかなんとか言われているが、ぼくに言わせれば一番違うのは「活字」であり、『朝日』に慣れてしまったぼくにとって、『読売』の活字は濃すぎて安っぽいし、『毎日』の活字は薄すぎて迫力に欠ける。これを経路依存性というらしいが、要するにそれだけのことである(偉そうですみません)。
それでも、近頃はトシのせいか記事を読んで「へえっ」となることが少なくなり、出勤前に見出し+αぐらいをざっと眺めてオッケーとすることが増えたのだが、先日、日中関係に関する汪錚さん(USA、シートン・ホール大学)なる政治学者のインタビュー(こちらでホンの一部だけ公開されている)を『朝日』紙面上で読み、いたく感服。汪さんによれば、中華人民共和国の正史(official history)は、建国以来「階級闘争」というフレームワークで語られてきたが、天安門事件(1989)を経て、「民族闘争」という新たなフレームワークが採用されることになった。そして最大の仮想敵となったのは歴史の必然としての日本(民族?)であり、その辺を理解しないと日中関係ダメだぜ、というのである。
いやあ目からうろこが落ちる一瞬、これは必読でしょう。そんなわけで、歴史を知ることはけだし重要であり、新しい知識を得ることはまこと悦楽である。


それにしても『朝日』、ネットで記事の一部しか無料公開しないのは、フラストレーションたまらせることになり、営業戦略上マズイと思うぞ。豪気にも全文公開している『東洋経済』を見習うべし。