ICHSその4

①国際歴史学会は、事実上今日で終わり。最終日である明日は総会と送別ランチのみである。そろそろ疲れが出てたのか目覚めたら6:30だったが、ぼくにとっては今日が本番。ちなみにぼくがしゃべるイブニングセッションは19:45-21:30というムチャクチャな時間に開かれ、しかもぼくが最後のスピーカー。おまけに、事前打合せは(スピーカーみんな……ただしぼく以外……は忙しくてねぇという理由で)キャンセルとなり、メインスピーカーであるマティアス・ミデルのペーパーはいまだ届かず、組織者のイム・ジヒョンは「ま、終わってからビール飲もうよ」。これは長い一日になりそうな予感がしたが、その長い一日、いやあ疲れた。トークの日だったということもあるが、

  • 大会プログラムがどこかに行ってしまった。どうも昨日のフランス革命セッションの会場に置き忘れたらしい。そのせいで、ウェブ上のプログラムをチェックし、ボランティアの皆さんに場所を聞き……と、手間かかりすぎ。自己責任ゆえ、だれも責められない。
  • 朝、道に迷ってしまった。例によって歩いたのだが、折角だから違う道を通ってみようと思ったのが運の尽き。「済南市教育委員会職員宿舎」なるエリアに入り込み、あとはどこをどう通っても行き止まり。当然最後は引き返すわけだが、こういうエリアには門番がいて、出入りをチェックしている。下を向き、出勤する車の陰にかくれ、こそこそと門を出たのであった。しかも、朝からすさまじく暑く、湿度も高い。会場に着いた頃にはヘロヘロ。なにやってんだか。
  • 午後、本来出るべきフランス革命のセッション(2)をさぼろうと思ったのが、さらなる運の付き。教育史研究国際常設会議主催の「東アジアの歴史教育」に参加するべく会場に着いたが、だれもいない。のんびりしていたら、会場担当のボランティアさんが「このセッション、午前で終わりました」。スピーカーのキャンセルが出て、午前中に詰め込んだらしい。おいおい、と思いつつ、次善の策として国際スラブ史研究委員会主催の「翻訳」セッションが面白そうだったので行こうとしたら、その会場のボランティアさんに「それ、終わってます」。マ、マジですか……というわけで、適当に国際パブリック・ヒストリー連盟主催の「デジタル・パブリック・ヒストリー」セッションにもぐりこむ。でも「パブリック・ヒストリー」ってなんだ? 

ま、他にもいろいろあったが、初手から悲しき決戦は金曜日。


②午前:国際社会史研究協会主催の「方法とテーマ」セッション。

  • アムステルダムの国際社会史研究所が切り回していたが、最初のトークでは、同研究所が中心となって構築しているデータセットclio.infra」が紹介され、興味深かった。世界各国の様々なデータをデータベース化して公開するプロジェクト。しかも、あとで確認したら、だれでも&無料でアクセス可能、データセットのもとになる一次資料もダウンロード可能(つまり再検証可能)という原則だそうで、出来上がった暁にはすさまじいものになるだろう。
  • あとは、当然、ユルゲン・コッカは「社会史:実態と方法に関する展望」。「資本主義の社会史研究」の可能性に関する熱いトークで、御年74にして、大家が顔をそろえる会場を圧倒。終わって「30年近く前に東大経済でトークを聞きました」と挨拶し、今大会の最大の目的のひとつを達成。
  • もう一本、これはいまいちなトークがあったが、それでも打率6割6分というのはいとすごし。


③午後:先述したような理由でパブリック・ヒストリー。

  • フェイスブックを使ってなにか(失礼)やった話と、なにか(失礼)のためのアプリを開発した話。文脈がわからないので評価不能。
  • あとで岡本充弘さんに聞いたら「パブリック・ヒストリーってのは、要するに博物館学なんだよ」。なるほど、目からうろこが落ちまくった。


④夜:イブニング・セッション「歴史と倫理」。

  • だれも来なくてすぐにビールか?、という期待に反して、100人以上のオーディエンス。はじめてマティアス・ミデルやステファン・バーガーやパット・マニングといった大家に会い、言葉を交わして喜ぶミーハーぶり。
  • 組織者のイム・ジヒョンは、趣旨説明で「安倍総理がメチャクチャやってくれてるおかげで、このセッションの開催を思いつきました。問題は〈記憶のレジーム〉が存続するという事象を倫理の問題としていかに捉えるかです」と一発かましてくれて、こらこら。
  • ミデルのトークは、大会全体を総括しながら歴史実践の倫理的な側面を考えるよくまとまったものだった。
  • びっくりしたのはステファン・バーガーとエデム・エルデムのコメント。前者は「コメントが5つあります」と切り出し、後者は母国トルコの問題と絡めながら鋭い指摘を繰り出す。事前準備なしでこんな話が出来るなんて、やっぱり違うなあ。
  • ぼくは(日本人らしく)事前に準備したペーパーをもとに話をしたが、ま、こんなもんでしょう。
  • ちなみにエデム・エルデムはレヴァント貿易の専門家で、駄話していたら「プロヴァンス大学の大学院生時代に日本人留学生と一緒でねえ。名前は……そう深沢克己だ。彼、今なにしてる?」と聞かれて驚いた。世界は狭い。


終わって22時近く、ヘトヘトになって会場を後にしたのであった。
さて、あとは土曜日の帰国のみ。もっとも羽田着が23時なので、仙台に戻れないというヘタレぶりである。