「首」が付く慣用句とは。

「首」が付く慣用句には、わが身にひきつけてみると不吉なものが多い。たとえば。


①首が回らない。
年初にも書いたが、頭と体のスペックが低いせいか、老化が進んでいるせいか、ここのところオファーがキャパシティを上回る状況が続き、首が回らない。手形を切っているのは『ライブ・経済史』の書下ろしまでだが、口約束だけだったら、さらに書下ろしが2冊あることに、このまえ気付いた。
うーむ、じつに心が寒い。
そのうえ。
心じゃなくて気候が寒くなったら(って暖冬なのに)語の真の意味で首が回らなくなり、肩こりも悪化し、あちらこちらの関節もちょいちょいと痛みはじめ……トシだな、トシ。


②自分で自分の首を絞める。
そんな状態なのに、大略「なにかアイディアはないか?」という申出に、ホイホイと「それだったら××みたいな企画はどーでっしゃろか」と回答してしまった昨日の自分。別件がメインだったとはいえ、こちらから東京に出向いていって「飛んで火に入る夏の虫」を地で行くシーンを演じるというのは、これは軽率のゆえか。
それとも「ノーと言えない」八方美人気質の産物か。
それとも。
いずれにせよ、自分で自分の首を絞めているというのは、これではどこをどうみても「アホ」の一言である。
それでもこの企画、上手くゆけば、語の真の意味でのメディアミックスに育ちそうだし、参加者各位にとって「win-win」となる可能性を持っていることは確かなので、ちょっと楽しみではある。
実際「塾×ネット配信×出版×特別授業」というのは、こりゃマジにメディアミックスというか、マルチメディアというか、誇大妄想というか、なんというか。
おまけに、ぼくにとっては「他力本願」なので、余り自分の首を占めることにはならない……かなあ。
いや、どうかなあ。
でも、やっぱムリかなあ。
虫がよすぎる気もするなあ。


③首の皮一枚でつながる。
ここはひとつ、首の皮一枚でつながらないかなあ。


ま、よい。括目して待つがよいわ。