「締切」という概念。

数日前から、ほんとに久しぶりに原稿用紙の升目を埋める日々を過ごしている。

ESSHC(European Social Science History Conference、ヨーロッパ社会科学&歴史学会)にリジェクトされ、悔しいのでICUH(International Conference on Urbain History、国際都市史学会)にアブストでっち上げてアプライし、次の仕事のテーマにかかわる手持ち資料も一通り読んでしまった結果として、9月後半にエロー県文書館で資料調査するまでは先行研究の再確認ぐらいしかすることがなかったのだが、先月末、急きょ「産業革命後のフランス経済の概説を原稿用紙40枚で書け」という依頼が入ったのである。大学パンキョー向けフランス史テクストブックの一章をなすことになる。

ホントのことを言うと、教科書や概説書を書いたり編んだり寄稿したりするのは、ここ十数年さんざんやってきたので、基本的には「ノー・サンキュー」である。当然ながら、依頼があっても断りまくってきた。しかし今回は、依頼元=テクストブック編者に(もちろん心理的なものだが)借金があるため、断れなかったのである。

それにしても驚愕するのは、依頼が来た理由。

  -本来、共編者【誰かはヒミツ】が書くべき部分だったのが、締切になっても影も形もない。

  -進行具合を聞いても、ろくろく返事もない。

  -刊行予定を1年遅らせたが、それでもダメ。

  -他の章のドラフトは着々と集まっているのに、このままだとまずい。

云々という状況の所産だ、というのである。

 

いやはや、締切ぐらい守れよ、おい。大体において、共編者【誰かはヒミツ】っつったら「締切を守らせる」側だろーが、おい。

 

締切の設定は一種の契約であり、したがって締切を守るのは社会の常識である。しかし、どうも(他の分野は知らないが)人文社会科学業界では、仙台の交通マナーでは「黄色はゴー」であるのと同じく、「締切は破るもの」というローカルルールが一部に存在しているらしい。しかし、そんなルールに安住する業界に未来はないのである。

そんなわけで「夏が来なかった夏」をすごしているうちにお盆休みが明けたので、これを機会に執筆開始。渡仏前の完成を目標として、読んでは書き、買いては読む毎日。今のところドラフト執筆は順調に進んで、旧体制期、フランス革命産業革命、大不況、ベル・エポックまでやっつけ、おり返し点を過ぎた。あとは大恐慌と2度の世界大戦を経て、「黄金の30年(=高度経済成長)」と石油危機後の試行錯誤を書き、今後の展望を付せば終りである。

依頼元とは「今年中には書く」という約束をしたので、3か月以上の前倒し進行。とりあえず「合言葉は、前倒し進行」である。

  -10月からは本業(モンペリエ都市史)が忙しくなりそうだから今のうちに。

  -プライオリティが高い仕事がなかった。

など、いろいろと幸運が重なったこともあるが、締切を守るのは社会人のたしなみではないのか?