華麗なる加齢の秋

あっというまに師走を眼前にする時期となった。この間、絶賛大不調の日々を過ごしてきた。とにかく、フランス滞在中から腰と膝がいうことを聞かず、帰国後は首と肩が加わり、全身ガタガタである。どうしようもなくなり、ここのところは携帯用のステッキを持ち歩く羽目となった。これが加齢ということなのだろうか……「人生の秋」という言葉が脳裏をかすめる「2017年の秋」である。

そうは言っても時間は過ぎるもので、先週末は日韓歴史家会議があり、運営委員に就任したこともあって、ソウルに出かけてきた。もっとも日曜日(19日)は寒波に襲われ、朝にソウル中心部を散歩をしていたら、ふくらはぎの筋肉が硬直してゆくのが実感としてわかるではないか。「おお、やっぱり。ステッキ持ってきて良かった」などと考えながらホテルに戻ったら、外気温の掲示が「零下6.4度」。ふくらはぎが硬直するわけである。

会議は、日本からは、米谷匡史、常木恒太郎、松浦正孝、剣持久木、網谷龍介(順不同)という諸氏がトーカー・コメンテータとして参加した。こうやってみると素敵なラインナップであり、いまの日本(広義の)歴史学界の最前線の議論を紹介・提供できたのではないか、と、運営委員のひとりとして思っている(エヘン)。

会議の議論では(これまで知らなかったのが恥ずかしいのだが)中国・朝鮮(北朝鮮、韓国)間で「歴史の領有権争い」があり、それがかなり深刻なものである、ということを知り、いろいろと考えさせられた。高句麗は「中国史」の一部なのか「朝鮮・韓国史」の一部なのかをめぐる、いわゆる「東北工程」問題である。この問題の立てかたからは、東アジアはいまだに「国民史」の呪縛につよく拘束されていることがわかる。

そんなわけで、帰国後、あわてて井上直樹『帝国日本と満鮮史』(塙書房、2013)を読み、ますます頭を抱える。

ちなみに、今度の週末は、ゼミ旅行で、はじめての台湾。亜熱帯の台北の温暖な気候で首・肩・腰・膝がよくなるのを祈るのみである。