2017年を振返る。

あっという間に大晦日。

ぼくは、個人的には昨日が仕事納めで、今日は布団と戯れる一日となることになっている。もっとも明後日(1月2日)からは出勤する予定なので、なんというか「一日ずれた週末」感がハンパない。

2017年は、個人的には平和な……ということは、つまり生産性の低い一年となった。9月半ばから首・肩・腰・膝にガタがきて、携帯用ステッキを友とする生活を3か月ほど過ごしたので、まあ仕方ないじゃないか、という気もするが、2016年も同じような事態に見舞われ、主治医からは「季節性のウツなんじゃないか」といわれているので、これじゃ弁明になっていない。そんなわけで、ちょっと反省。もっとも、反省だけならサルでも出来るのである。

ちなみに、春に編訳書、単著、編著書と、たてつづけに3冊出版したので、けっこうアウトプッティング(?)にみえるかもしれないが、ありゃすべて2016年までにあがっていたものが街に出ただけなので、生産性の引上げには貢献しないのである。要するに、2016年までの数年が「債務」をつくっては返すという自業自得=自分で自分の首を絞める怒涛の日々(当社比)であり、それがひと段落して茫然自失状態になったのが2016年10月。その状態がずるずる続いてしまった、ということになるだろうか。カッコ良くいえば「インプットの時間」なのだろうが、カッコ悪くいえば「書けることがなにもない状態」なわけで、これでよいのか自分。

また、今年もいくつか単著執筆や寄稿のオファーを頂いたが、個人的な「借り」を返す意味もあって引受けて一気に書上げた「フランス経済の二世紀」(大学学部前期=パンキョーのレベルの教科書の一章)と、これまた個人的に思うところあって引受けた第二次世界大戦後フランスの通史(新書の書下ろし)以外は、煮え切らない返事をしたまま今日に至っている。ネタがないんだよなあ、ネタが。

おまけに、せっかくだからとアプライしたESSHC(ヨーロッパ社会科学&歴史学会)とICUH(国際都市史学会)は、ともに敢えなく玉砕した。やっぱ単発のトークでアプライするのは難しいんだろうか。こちらは捲土重来を期したい。

そんなこんなで気勢があがらないこと甚だしい話題がてんこ盛りの2017年だったが、ホームグラウンドであるモンペリエ都市史研究だけは、2歩下がっては3歩進むという「匍匐前進!!」状態で、じりじりと目標に接近した。来る2月に2週間、エロー県(モンペリエ県都)文書館でリサーチをする予定だが、これで当座必要な資料はすべてチェックできるはずであり、資料の分析を経て論文を書きはじめられるのではなかろうか。しかして、それが終わったら、本格的に研究対象を移すことを検討しなければならないだろう。重要な資料のほとんどを保管しているモンペリエ市文書館の「資料保管庫アスベスト汚染発覚による資料アクセス禁止措置」が継続している可能性が157パーセントほどあるためだ。こちらは、やれやれである。

もっとも「やれやれ」と言っていても始まらない。守りの姿勢に入ると加齢もあって一気に腰が重くなることが予想されるので、2017年は意図的に海外出張を増やした。結局

・フランスに2回:リサーチ

・ベルギーに1回:セミナー

・韓国に3回:学会、カンファ、研究打合せ

・台湾に1回:ゼミ旅行

ということになり、こちらはまずまず及第点ではなかろうか。とくに11月半ばからは、1か月間で韓国2回+台湾1回という素敵な日々で、前述したとおりステッキの日々だったことを考えあわせると、ぶじに乗切った自分をほめてやりたい。

これらのなかでもっとも印象的だったのは、はじめての台湾。台北旧市街の「古き良き」街並みと、若干東南アジアテイストが混ざった「外食」文化がかもしだすステキな猥雑さ。国立台湾大学の広大なキャンパスの威容と、たまたま大学アーカイブで開催されていた展覧会「南洋」をみて、戦前日本にとって植民地台湾が南洋進出の最前線だったことを具体的に感得したこと。故宮博物館で王羲之の書を目にできたこと。どれも「なんでも見てやろう」精神の重要性を再確認させる経験であった。

要するに、腰が重くなるにはまだ早いのである。

それでは、良いお年を。