連休。

ゴールデンウィークも明日で終わり。ノンビリした……というか、なにをするでもなく過ごした気がする今年の連休である。今日は曇りがちの仙台だが、キャンパス(写真)では木々の緑がまぶしい。ふと考えると、去年の今頃は、突如としてとびこんできたカンファレンスatボーフムのために、ドラフトを殴りかいていたのであった。あの殺伐とした毎日と比すると「なんと気の抜けた日々よ」という感じがしてくる。
先日、かつて(2008-13年ごろだが)『思想』に諸拙訳を掲載する際にお世話になった互盛央さん(当時『思想』編集長、現・講談社)と話していて、世の中にはマグロみたいなタイプがいるという話になった。泳いでいないと酸素欠乏症でお迎えが来てしまうという回遊魚的な生活を送ってしまう人々である。互さんはどうもそのタイプらしく、ご自分のことを「強迫神経症的」と称していたが、『思想』とつきあっていたころのぼくも、去年までの数年間(つまり2015-16……って、つまり2014だけが比較的ヒマだったのかい)のぼくも、回遊魚的=強迫神経症的な生活を過ごしていたのかもしれない【当社比】。前者の期間についていえば、フランスにリサーチに行くたびに、夜は翻訳をし、出来上がるや否や互さんに(了承も、事前打合せも、なぁぁぁんにもないのに)送りつけ、結果、訳しも訳したり5年で7本。後者の期間については略。
それじゃネタが尽きたか、といえば、そうでもない。そもそもネタがないというか「あいかわらず」のことを「あいかわらず」書いている部分もあるが、泳いでいるなかでみえてくるものもあるから不思議といえば不思議だ。今とりかかっているモンペリエのLa Pergola地区の分析だって、去年、泣く泣く「現代フランスにおける〈都市問題〉の語りかた」(糠塚康江編、ナカニシヤ出版、2017)をカリカリ書くなかで、利用しうるアプローチがみえてきたのである。
そんな今年度最初の仕事は、6月に韓国・中央大学で開催される第8回東アジア・スラブ=ユーラシア研究学会のパネルのコメンテータ(まだトークのドラフトをもらっていないので、コメントは手付かず、とりあえずタイトルだけ)。

  • ODANAKA, Naoki, "Comment: Conflicted memories/histories, Yes, but what kind of conflict?" (title subject to change, session on "Eurasinized conflicts of memories and histories: Reflection from East and Central European Experiences," 8th East Asian Conference on Slavic-Eurasian Studies, 3rd-4th June 2017, Chung-Ang University, Seoul, Korea)

スラブ学とは縁遠い生活を送っている身だが、単なるコメンテータだし、フランスもユーラシアの一部だし、とりあえず許してもらおう。さて、なにか得るものはあるのだろうかと考える、一年ぶりのソウルである。